『地面師たち』新庄耕インタビュー 小説執筆を決定づけた「地面師対策セミナー」と「コインパーキングの景色」
「やってはダメなのに、それでもついやってしまう人間の弱さみたいなものに惹かれます」
――続編の『地面師たち ファイナル・ベッツ』を書くにあたって、どのようなところから準備したんですか?
新庄:ひとまず『地面師たち』のエンディングであるシンガポールに行ってみたいって編集部に頼んだら、ありがたいことに行かせてくれたんですよ。ほとんどノープランで行ったので、観光名所的なマリーナベイ・サンズに行ってマーライオンを見たりして、でも正直、あまり面白くなかったんです。どこ行っても綺麗で、整然とし過ぎていて。ゲームでつくった街に来ているみたいだなって。私はもっと猥雑でゴチャゴチャしているところに惹かれるし、創作意欲が湧くので。そんなシンガポールで唯一、怪しくて惹かれたのがカジノだったんですよ。それで、続編の冒頭はカジノでいこうって決めました。
――シンガポールのカジノでは勝ったんですか?
新庄:3万円ぐらい賭けて15分ぐらいでなくなりましたね。ふだん、ギャンブルはやらないんですよ。競馬もパチンコもひと通り遊んでみたんですけど、ハマらないというか、取り返してやろうとか少しも思わないんです。
――それでも『地面師たち ファイナル・ベッツ』で、主人公の稲田が賭けで全財産を失うシーンは、心理描写がリアルで迫るものがありました。カジノにのめり込み、多額の資金を子会社から不正に引き出した、大王製紙の前会長・井川意高さんにお話を聞いたことがあるとか。
新庄:井川さんとは知人の紹介でお会いして、少しですがバカラのことをうかがいました。井川さんは当時、2、3時間で数十億を取り返すような大勝負をされていましたが、稲田はそんな大金を張れるような設定ではなかったので、カジノのシーンは稲田になりきって必死に書きましたね。
連載中に、ちょうどドジャースの大谷翔平選手の通訳をしていた水原一平さんの不正送金事件が話題になっていた時期とかさなったんです。「本物のギャンブラーだ」って思いましたね。稲田もすべてをうしなうまでギャンブルにのめりこみましたが、ハリソン山中からプロジェクトの手付金をもらっても地面師稼業に邁進できるくらいなので、もしかしたら本当の意味ではギャンブラーではないのかもしれませんね。
――ほかに新作で苦労したところはありましたか?
新庄:もうほとんど全部、大変でしたね。続きものをやるのなら、前作より面白くなければならないと勝手に思い込んでいたので。前作と同じで土地をどうするかとか。舞台に設定した釧路に行ってみたんですけど、もっとも地価の高そうな駅前や繁華街にいざ訪れてみると思っていた以上に寂れていたので。『地面師たち』でだました金額が100億円。続編は200億円くらいにしたいけど、そんな土地あるのかなって。
――新作でハリソン山中以外に、思い入れのあるキャラクターは誰ですか?
新庄:やっぱり稲田ですかね。最初の拓海とは正反対の、陽気で無鉄砲な性格で。おバカなんだけど、不思議と憎めない感じが惹かれます。地面師たちのターゲットになるケビンの友人のリュウも好きですね。もしかしたら、一番、私に近いのはリュウかもしれません。弱くてだまされて、いけないと頭ではわかっているのにますますドツボにハマっていく、小市民的な感じが。
――デビュー作の『狭小邸宅』も今回の新作も、なにかにどんどんハマっていく人物が多く登場するように思えます。
新庄:たぶん、そういう人間が好きなんでしょうね。どうしても気になってしまう。やってはダメなのに、それでもついやってしまう人間の弱さみたいなものに惹かれます。完璧だったり、強い人間よりも、「しっかりしろ」って言いたくなるような、もろい人間のほうにどういうわけか感情移入してしまいますね。私自身そういった人間に近いところがあるので、なんとか日々、真人間になれるよう努力しています(笑)。
――今回の『地面師たち ファイナル・ベッツ』も好評ですが、さらなる続編に期待していいでしょうか。
新庄:私個人としては今のところ考えていませんが、そこは、いい土地が見つかれば、ですかね。
■プロフィール
新庄耕(しんじょうこう)小説家。1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、リクルートに就職するも1年ほどで退職。ベンチャービジネスや肉体労働を経験した後に小説を書き始め、2012年に『狭小邸宅』(集英社)で第36回すばる文学賞を受賞してデビュー。19年出版の『地面師たち』(集英社)がNetflixで映像化され、大ヒットとなる。24年にはその続編となる『地面師たち ファイナル・ベッツ』を出版した。
■書籍情報
『地面師たち ファイナル・ベッツ』
著者:新庄耕
税込価格:1,980円
発売日:2024年7月26日
出版社:集英社
『地面師たち』(文庫)
著者:新庄耕
税込価格:814円
発売日:2022年1月20日
出版社:集英社