氾濫する「令嬢・王道展開」漫画なのになぜヒット? ブックライブ担当者に聞くビッグデータ戦略

  どんな作品がヒットするか、世に出すまでわからない――それが、これまでのエンタメ業界の常識だった。しかし100万部を突破したコミック『花嫁修業をやめたくて、冷徹公爵の13番目の婚約者になります』(原作:C.C 作画:空柄)は、「狙って」ヒットさせた作品だという。

  ヒットの裏側にはビッグデータの存在がある。読者のニーズを反映する手法としては『少年ジャンプ』のアンケート方式が有名だが、ビッグデータの登場で漫画家のセンスや編集者の経験値のみによらない、より客観的な指標をもってヒット作を生み出せるようになった。

  意表を突くわけでもなく、定番的展開の『冷徹公爵』を、どのようにヒットに導いたのか。また、いま女性に求められるキャラクター像はどんなものなのか。ブックライブのマーケティング部・田中さんに話をうかがった。

『花嫁修業をやめたくて、冷徹公爵の13番目の婚約者になります』

■膨大なビッグデータ、どう漫画に活かしている?

――ブックライブが制作に携わったコミック『花嫁修業をやめたくて、冷徹公爵の13番目の婚約者になります』が累計販売部数100万部(ダウンロード+単行本販売部数)突破の大ヒット作となりました。

田中:「令嬢もの」の多くは近世ヨーロッパ風の世界が舞台となっていて、主人公は王族や貴族の令嬢というのが定番です。『冷徹公爵』は、その中でも王道の作品。貧乏貴族出身のヒロインと冷徹公爵でハイスペックなヒーローが、困難を乗り越え惹かれ合っていくというストーリーです。

――そんな“よくある話”をどんなデータから分析し、ヒットに導いたのでしょう。

田中:広告でヒットした作品は、かならず売り上げにつながります。ですので、まずは広告バナーのクリック率などに着目し、第一話を読んでいただいたあとの継続率、レビューの内容などの指標も細かくチェックしていきました。web書店だからこそ集まる数値、知見をもとにこれらを専用のツールで可視化し、分析して作品制作に活かしています。

最終ページに意味深なカットを入れることで期待感を高めた。

――漫画制作の現場ではどう活かされているのですか?

田中:広告バナーには「どんなシーンがクリックされやすいか」というデータが蓄積されていますので、特にプロット・ネーム制作の支援データとして活用しています。それをもとに「このシーンは大ゴマがいい」「AとB、どちらの行動を読者は好むか」など、シーン単位・コマ単位での提案することも可能です。

私たちマーケティング部では、新作の企画立案をするというよりは、過去実績を元にした展開や構図のご提案をメインに行っています。0から作るのは漫画家さんや編集部にお任せすることで、素敵なアイディアと実際のデータをかけ合わせ、より面白い作品づくりを目指しています。

■期待を裏切らない「安心感」が売り上げに繋がった

――『冷徹公爵』がヒットした理由を、ブックライブさんではどのように捉えていらっしゃいますか。

田中:先生の描かれる絵柄が非常に可愛らしく、もともとのストーリーも読みごたえがあったので、ビッグデータを活用しなくても多くの読者様に愛される作品だったと思います。ただ、ビッグデータを活用して制作監修と広告出稿を行ったことで、より多くの、本来ターゲットではない層にもリーチできたことが大きかったですね。書店に並んでいるだけでは本を手に取らなかった方も、バナーで見た表情やセリフや気になり、サイトまで来てくださったり。集客面でのお手伝いをできたことも、ヒットにつながったのかなと考えています。

  さらにもう一点。“よくある王道展開”は、先の展開がある程度予想できるということでもあり、そんな「安心感」が売り上げにつながっているように思います。最後にはヒロインが選ばれるという結末がわかっている分、安心してふたりが惹かれ合う過程を楽しめるんです。大枠は王道だけれど、ひとつひとつの設定や展開などの細部で作品の特色を出していくということです。

主人公に触れるカットを入れることでキスを期待させる広告に。

――たしかに、あまりに突飛な変化球では、作品に没入するハードルがやや高いかもしれませんね。

田中:舞台はファンタジー世界ですが、制作にあたってはリアリティを意識しています。「こんなふたりなら恋に落ちるだろうな」とか「こんなヒロインなら溺愛されるだろうな」という、地に足の着いた納得感・説得力を積み重ねていきます。ここでもビッグデータを活用していて、「何話あたりでこのエピソードをもってくる」といった計算もある程度しています。

――ビッグデータを活用した作品とそうでない作品、読者の反応に差異はありますか。

田中:そうですね。ビッグデータを活かした作品は、「(広く打つことを前提とした)広告との相性の良さ」を意識した作品でもあるので、より多くの読者様にリーチしやすいという手ごたえはあります。

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