『奇子』『イエロー・ダスト』『アラバスター』……大人になったいまこそ読みたい“黒手塚”作品を振り返る

 火の鳥の映画化やブラック・ジャックの実写ドラマ化で再度注目を集めている手塚治虫の作品たち。愛や未来、生命や友情など明るい題材の作品を描いている一方で、戦争や差別、破滅など暗い題材の作品も多数描いている。ファンの間では思わず落ち込んでしまうようなエピソード作品を“黒手塚”と呼んでおり、今回はそんな黒手塚作品をいくつかピックアップして紹介していこうと思う。

孤独や醜い欲望を剝き出しに生きることで人々はなにを得るのか

 まず初めに紹介する『奇子』の時代設定は1945年。日本の敗戦とともに大きく移り変わっていく時代の中で、崩壊する旧家の一族の姿を描いた社会派ドラマ作品だ。主人公の奇子は、次男である仁郎が謀殺の証拠を隠蔽しているところを目撃してしまう。幼子ながら、口封じのために土蔵の中に閉じ込められることにーー。

 月日は流れ、土蔵のなかで奇子は美しい大人の娘に成長した。永久に土蔵の中に閉じ込められているはずだったが、道路建設のために土蔵が壊されることになり、外の世界へ旅立つ奇子。しかし20年間も土蔵の中に閉じ込められており、心は純粋な子供のまま身体だけが大人になってしまった。奇子は果たして醜く恐ろしい、欲望の渦巻く世界で生き抜けるのか。

 この作品は敗戦直後の日本で起こった労働闘争やGHQ(連合国軍総司令部)の陰謀による事件を絡ませたプロットで、性虐待やドロドロの人間関係など、今の時代では考えられないタブーや表現も多数描かれている。黒手塚作品の中でも人気の1作だ。

悲劇しか生み出さない戦争がもたらす最後とは

 次に紹介する『イエロー・ダスト』の物語の舞台は1972年8月、沖縄瑞慶覧の米軍キャンプで起きた籠城事件だ。事件を起こした犯人は米軍施設勤務の日本人労働者3人で、ベトナムへ従軍した経験も持っていた。米軍師弟が通う小学校のバスを襲撃し、“児童23人”“引率の女性教師1人”を人質にした彼らは、とある場所で籠城をはじめる。

 それは戦中に日本軍が1人残らず自殺した場所だという“旧沖縄作戦本部海軍壕”であった。かつてあまたの命を奪った場所で繰り広げられる生死をかけた戦い。なかには子供が殺されてしまう描写があったり、戦争のために生み出されたモノが引き起こした悲劇が描かれている。『イエロー・ダスト』は戦争がいかに悲惨なものかを伝える作品といえるだろう。

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