「麻雀漫画は現実とは違う方向に進化していった」 『麻雀漫画50年史』V林田インタビュー

都合がいいデータだけをつまんでいくとなんでもありになってしまう

「麻雀漫画研究 vol.14」

——私はデータ主義っていうのは良いことだと思っていて。自分の視点を持っている、意見がある、というのは聞こえはいいですけど、データなしに正しいか判断できないことを押しつけられるのは嫌なんですよ。調べたらこうなっていた、という林田さんの書き方は非常に信頼できると思っています。

V林田:先に仮説を立てて検証していくスタイルは当然ありだと思うんですけど、そこで自分の仮説に都合がいいデータだけをつまんでいくとなんでもありになってしまう。そういうのを見ると非常に腹が立ちます。もちろん、他人にやめろとは言えないんですけど、「理屈と膏薬はどこでもつく」という気持ちになってしまいます。たとえば、北野英明作品が1970年代にヒットしたことについても、その頃麻雀が第2次麻雀ブームだったから、という説明はストーリー的には綺麗なんです。ただ調べてみると、北野さんは最初の麻雀漫画単行本をヒットさせた年に競馬漫画の単行本も出しているけど、そっちはそんなに売れてないっぽいんです。

  でもよく考えると、当時は麻雀以上に競馬がブームだったはずなんですよ。阿佐田哲也知らない人はいても、名馬ハイセイコーを知らない人はいなかっただろう、というぐらいの。それを考えるとはたしてそれで納得していいのかと思っちゃうんですよね。それに、第2次麻雀ブーム自体も、阿佐田哲也『麻雀放浪記』の大ヒットということで説明されがちですけど、それだけでいいのかとも。

——実はそのころ麻雀牌の練り牌が登場して、安価で手に入れられるようになった。それでゲーム人口が増えたことの影響は大きいだろう、と書いておられますね。なるほどジャンルの中だけじゃなくて、社会全体に目を向ける必要もあるな、と思いました。

V林田:どうしても出版業界の人は、活字メディアがブームを作ったみたいな話にしたがるんですよね。それは自分たちに都合のいいドリームではないかと(笑)。自分が物書きである以上、そういうことにはより厳し目に見ていくべきではないかと思っています。

——『咲-Saki-』のように今の読者がよく知っているような作品について、その前の時代と比較して見ることができるのも本書の美点ですね。そうか、学生競技としての麻雀漫画は珍しかったのか、と当時の感覚も理解できます。

V林田:それ以前の学生競技麻雀は有名どころだと片山まさゆき『ミリオンシャンテンさだめだ!!』ぐらいしか思いつかないです。それまでの麻雀漫画は賭けで食ってる人間の話か、いわゆる麻雀プロの話の二択が主でした。あとはSFみたいに現実から思い切り離れているか。逆に言えば家族麻雀みたいな、仲間内でほのぼのと遊ぶ、みたいな話もあまりないんです。でもそうしてゲームとして遊んでいる人も多いわけで、やっぱり現実から麻雀漫画は少し外れているんですよね。

——お書きになっていて、ご自分で興奮した、楽しかったというのはどのへんですか。

V林田:青山広美さんのインタビューをやったときの話とかですかね。青山さんに『バード』って超大傑作があるんですが、全二巻で過不足なくすごく綺麗に終わっているんで、最初にプロットをきっちり立てていたんだろうと20年くらいずっと思ってたんです。でもインタビューに行ったら「いやあ、アドリブです。最初は『マジシャンが麻雀やったら無敵だろう』ぐらいしか考えてなくて、敵の造形とか必殺技とかは連載始まってから考えましたね」って言われて、えーっ、て。あまりに驚愕しすぎて、その後のインタビューがちょっとガタガタになって(笑)。そのくらい動揺しました。

——わかります、お気持ちは(笑)。2020年代以降に、麻雀漫画はどうなっていくと思われますか。かつての竹書房黄金期からまた違った展開かとは思いますが。

V林田:今の『近代麻雀』は完全にMリーグ中心の誌面に舵を切っているので、かつての『アカギ』とか『哭きの竜』とかみたいに一般層にも読まれるヒット作が出るのは難しいかもしれません。その代わり、麻雀アニメのコミカライズが『なかよし』に短期連載されたり、いわゆる「萌え4コマ雑誌」である『まんがタイムきららキャラット』で麻雀漫画が連載されたりもしています。麻雀漫画は「専門誌から時々ヒット作が出ていた」という特殊なジャンルではなくなって、普通の漫画ジャンルの一つになっていくのかな、と思いますね。

  もっとも、Mリーグに参入した後でKADOKAWAが始めた麻雀漫画は結構苦戦していて、そのへんにちょっと難しさは感じますね。『咲-Saki-』がヒットしたのは、作者のキャラクター造形能力が異常に高いことが一因だと思うんです。やはり卓につく4人のキャラクターがみんな立ってないとおもしろくできない。スタート時からそれをやるのはなかなか難しい。KADOKAWA系列の麻雀漫画の中で一番長期連載になっているのは東方Project二次創作ものの『切れぬ牌などあんまりない!』ですけど、あれは作者の宇城はやひろさんがもともとオリジナルの麻雀漫画も描いていた人だったので描き方が上手いということと同時に、原作が東方だからキャラクターが最初から立っているというのも大きいですよね。

——東方projectについては私が説明すると長くなるので各自検索ということで。キャラクターを立てるというのは漫画技巧の王道ですけど、さらにそれに、麻雀をさせなければならないというハードルが加わっているわけですね。

V林田:今度アニメ化が決まった『凍牌』も、そこら辺はちゃんとやれていると思います。なかなか言うは易く行うは難いことなんですけどね。

龍門渕家の看板に泥を塗るわけにはいかない

——この本で麻雀漫画については書き尽くしたという実感はありますか。

V林田:あとがきにちょっとかっこつけて、新たな研究者が出て本書の間違いを正してもらいたい、みたいなことを書いたんです。それは本音なんですが、現実的に考えると「麻雀漫画をまた調べよう」という人が出てくる可能性はかなり低いので(笑)、いまやれることは全部やっておこうということで注ぎ込みました。そういうものにしないと悔いが残ると思いまして。これやってくれないかな、っていうのをやってくれる人って実際はいないですからね。自分でやるしかない。

——そういう意味では非常に歴史的価値がある本だったと思います。

V林田:ありがとうございます。ただ、あまり褒められて調子に乗ってもいけないなといいますか……。私、大学生のときに福祉施設のボランティアをやっていたことがあるんですよ。人手が足りないから、と頼まれて1年ぐらい。そのときの1年と麻雀漫画の研究をやっていた10年を比べたら、どう考えてもボランティアの1年のほうが人として偉いですよね(笑)。

  そういう気持ちを忘れてはいけないというか、自分で「自分は価値のあることをやってる」みたいに言ってはいけないなとは思っています。他人が同じようなことやってたら褒めちゃうと思いますけど(笑)。

——身も蓋もないけど、それは正しいと思います(笑)。でも、そこにあるけど誰も顧みない、空気みたいなものに価値を与えたという意味で立派なお仕事をされたと思いますよ。

V林田:私の今までの人生で、最もかっこいいと思える調べ物をされた方は横田順彌先生なんですよ。『日本SFこてん古典』の最初の回で、「世の人々はすぐ作品を分析して〇〇的とか言いたがるけど、この連載ではそういうことはしない」という旨を書かれていて、あれにはめちゃくちゃ影響を受けました。あと、私の好きな漫画に永井豪先生の『ガクエン退屈男』があります。

  主人公の早乙女門土は、学園を解放するために戦っているということになっているんですけど、途中で彼は「学園の解放はただの言い訳さ。戦う理由がなきゃ戦いにくいからだよ。本当は戦いたいから戦うんだ。殺したいから殺したんだ」って言うんですよね。「調べたいから調べたんだ」という似たような気持ちがあります。

——これからも好きなことだけをどんどんやっていってください! 最後に本について、言い残したことがあれば。

V林田:担当さんにご迷惑をかけたので、その分は売れてほしいです。表紙に『咲-Saki-』の龍門渕透華さんを描いてもらったのは完全に私のわがままで、あとがきでもその経緯について謝ってますけど、担当さんには本当にご迷惑をかけて……。ただ自分は、先ほど話した最初の同人誌の表紙も龍門渕さんで、Twitter(X)のアイコンも10年以上それにし続けていたような人間なので、頼んで無理だったなら仕方がないですけど、頼まなかったら自分の人生に嘘をついていることになるなと。

  あと龍門渕さんは、正直に言うとすごい人気キャラクターというわけではなくて、これまで一度も単行本表紙とかでメイン張ったことがないですし、今まで2回行われた『雀魂』と『咲-Saki-』のコラボでも登場キャラには選ばれてない。でも私のこの本が売れたら、龍門渕さんはコアなファンがいるんじゃないかと思ってもらえて、次に『雀魂』と『咲-Saki-』のコラボ第3弾があったら登場キャラに選ばれるかもしれない。そういう意味でも売れてもらいたいですね。私のことはともかく、龍門渕家の看板に泥を塗るわけにはいかないので。

——すごい動機だ(笑)。著者のそんな理由を許した文学通信の度量に感動です。

V林田:文学通信さんのサイト見ると、この本だけ表紙がめちゃくちゃ浮いてますからね。本当に、あらゆる意味ですいませんでした!

V林田

1982年、神奈川県生まれ。東京都立大学卒。ライター。『SFマガジン』『本の雑誌』などで原稿を書くほか、kasmirの架空鉄道漫画『てるみな』に幕間コラムを執筆、同人サークル「フライング東上」も主催している。『麻雀漫画50年史』が初の商業出版で、次回作は『本の雑誌』連載をまとめた『鉄道書の本棚』になる予定。

■書籍情報
『麻雀漫画50年史』
著者:V林田
価格:2640円
発売日:2024年5月30日
出版社:文学通信

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