『100年の経』『星野くん、したがって!』『室外機室』漫画ライター・ちゃんめい厳選! 6月のおすすめ新刊漫画
新刊コミックの中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき3作品とは?
『100年の経』赤井千歳
AIを執筆に取り入れた小説が名だたる文学賞を受賞するなど、最近何かと話題にあがる生成AI×創作。果たしてAIは希望か脅威か...そんな議論が散見されるなか、AIを敵視するでも迎合するでもなく、ただ真正面から見つめ、新たな創作の形を実験する物語。それが『100年の経』だ。
主人公は現代を生きる無名の小説家・菅井櫓。不治の病を患い余命宣告を受けるもコールドスリープ試作機の被験者に選ばれ、肉体を維持したまま長い永い眠りに付くことに。100年後、彼は冬眠から無事目覚めるが世界は一転。そこは、生成AIを使って小説を書くのが主流となった世界。しかも、その生成AIの初期の出力モデルとなったのが“菅井櫓の小説”であることから、当時は無名だった自分が今では国民的作家と評されているのだ。執筆業で生成AIを使わない書き手はいない...。そんな100年後の未来に突如放り出された生身の小説家は、この世界で新たな小説の執筆に取り掛かる。
生成AIを使用して小説を書く人が“呪言師(ソーサラー)”と呼ばれていたり、その“中の人”が登場するなど、AIの設定や描写がとにかく緻密。また、AIは人に取って代わる存在なのではなく、あくまでも人間の脳を拡張するサポート的な存在であると。対立でも崇拝でもない、非常にフラットな見方をしている世界なので、例えば「AIは創造性を持ちうるか」など生成AI×創作における問いと仮説検証を繰り返していく......非常に骨太な作品だ。
一方で、どんな時代になっても人は物語を紡ぐことをやめられない。そんな理屈ではない、過去から未来へと紡がれる“創作の軌跡”を辿る。どこかノスタルジックな気分に浸れるところも魅力的。
『星野くん、したがって!』ほしのディスコ / オジロマコト
お笑いコンビ「パーパー」のコントを、『君は放課後インソムニア』などで知られるオジロマコト先生の手によって漫画化した本作。
「パーパー」といえば、あいなぷぅさん演じるワガママな彼女に、ほしのディスコさんがひたすら振り回されるという理不尽なカップルコントでお馴染み。そのカップル設定を、掴みどころのないクラスメイト・山田さんと、野球部の雑用係である星野くんに置き換え“絶対服従ラブコメ“に仕上げたのが『星野くん、したがって!』である。
オジロマコト先生が描くヒロインといえば、自由奔放で無邪気で夏の太陽みたいに眩しい...。そんな印象があったが、山田さんは(ある意味、自由奔放ではあるが)そのどれにも当てはまらない。確かに見た目はミステリアスで美しいのだが、「あ、なんかありそう」という、顔つきから伝わる一筋縄でいかない感じ。そして、蓋を開けてみれば理不尽を飛び越え、もんのすごく凶暴なんである。
でも、そんな山田さんが嫌にならないし、読み進めていくうちに不思議と山田さんの言っていることに対して「そうだよね、だって山田さんがそういうんだから!」と...。気付いたら読者も服従してしまう、いやせざるを得ない、まさにオジロマコト先生の新境地的なヒロインだ。
また、「パーパー」お馴染みの理不尽コントが毎話展開されるが、1話、2話、3話...と、漫画であるからこそ2人の距離が近付いていくし、心の内がゆっくりと明かされていく。コントをストーリーとして紡いでいくからこそ、笑いだけではなく、“絶対服従ラブコメ“の“ラブ”の部分が若干のアオハル風味とともに堪能できる。そんなユニークかつエモーショナルな一冊となっている。