台湾発の人気絵本『ママはおそらのくもみたい』大人を魅了する理由ーー作者が明かす“創作秘話”

■『ママはおそらのくもみたい』はなぜ人気?

ハイゴー・ファントン (著), リン・シャオペイ (イラスト), いとう ひろし (翻訳)『ママはおそらのくもみたい』(ポプラ社)

 台湾から作家・ハイゴー・ファントン氏と絵本作家・リン・シャオペイ氏が来日し、東京・神保町のブックハウスカフェで二人の共作『ママはおそらのくもみたい』(ポプラ社)について語るトークショーが開催された。

(左から)リン・シャオペイ氏、ハイゴー・ファントン氏。台湾の絵本が注目される中で、二人の人気は日本に限らず高まっている

  同作はハイゴー氏が物語を執筆し、リン氏が絵を描く。主人公のカエルくんは学校の宿題で「あなたのママはどんなものににていますか?」と問われて、困ってしまう。亡くなったママとの思い出は浮かんでも、もうそばにいないから答えが見つけられない。しかしある時、空を見上げるとふわふわと漂う雲がママのように見えることを発見してーー。そんなカエルくん一家を描いた感動の物語は、どのように生まれたのだろうか。二人はトークショーで制作背景を紹介した。(篠原諄也)

■作品が生まれたきっかけは?

ハイゴー・ファントン氏

  ハイゴー・ファントン:皆さん、今日はご来場いただき、ありがとうございます。最初に簡単に自己紹介をします。私は「海狗房東/ハイゴー・ファントン」といいます。「海辺の犬の大家さん」という意味なんですが、よく「変なペンネームですね」と言われます。これは海辺で出会った犬を自分の家に迎え入れたことに由来しています。今はその愛犬はすごく優しいおばあちゃんになりました。

 まず、絵本の物語がどのように生まれたのかを話しましょう。私は10年前にFacebookで絵本を紹介するコラムを始めました。そこで母の日に「わたしのママは○○みたい」というコメントを募集し、自分自身でも考えてみようと思いました。ある曇った日に散歩をしていると、風が強かったので雲の形がすぐ変化する様子が目に入りました。そこでふと「ママはおそらのくもみたい」という言葉が浮かんだんです。

 この言葉からいろいろな物語が膨らむ予感がしました。最初お母さんが雲のようにいろんな形になることを想像しました。

 同時にお母さんがいない子どもたちもきっとたくさんいるだろうと思い、そういう子たちにとっては、風によって形を変える雲は、もしかするとお母さんのように見えるかもしれないと考えたんですよね。

  次に、だれを主人公にするか考えた時、日本のいわむらかずおさんの絵本『かんがえるカエルくん』など、私はカエルが出てくる絵本が大好きだったことを思い出したのです。

 しかも、カエルは雨が降りそうな天気の時に、嬉しくなるんじゃないかと思って。皆さんも想像してみてください。もし自分がカエルだったら、雨の匂いがするような天気の時には、気持ちよく感じるんじゃないでしょうか。

 風、雨、雲、土、木などの自然界の要素は「死」というイメージと結びつくことがよくあります。例えば、文学作品で亡くなった人が「風のようになる」といったメタファーで表現されることがあるでしょう。

 この本を読んでいただくとまず、「死」というテーマが描かれていることに気づくはずです。大切な人を喪失した気持ちが表現されています。でも私は最初から「死」をテーマにしようと考えたわけではありませんでした。カエルくんの話を考えていく中で、自然とこのような物語になったのです。

 大切な人の喪失というのは、誰もが人生の中で直面するテーマだと思います。でもそれを重い気持ちで受け止めるのではなく、新しい視点で考えていくことはできないだろうかと考えました。

 絵本の中で、カエルくんは昔、パパとママと一緒に丘の上までかけっこをしたことを思い出します。普通、親は力を抜いて、子どもに一番を譲ってあげませんか? でもカエルくんのママは競争心が強いのでしょう。カエルくんよりも速く走っていつも一番になるんですね。そんなママのユニークな性格が、カエルくんは今でも忘れられないんです。

■「死」はかけっこのゴールのようなもの

かけっこしているカエルくんとパパの動きが、線で表されている

 この物語のラストでは「死」というものも、このかけっこのようなものじゃないかという視点で描いています。つまり、人生を長く続く道に例えるならば、亡くなった大切な人はちょっと先に終点についただけなんです。足の速かったお母さんは早くゴールについたけれども、残された人たちも後からそこに向かっていく。

 私が小さい頃、学校の運動会はお祭りのような雰囲気でした。あの頃のように、かけっこで先にゴールについた人は、屋台で美味しい食べ物を買って食べながら、私たちを待っているのかもしれません。そしていつか私たちも終点についた時に、再会することができるんだと思います。

リン・シャオペイ:今日は絵本の絵を描く時に考えたエピソードを皆さんにお話したいです。

 最初に出版社から依頼が来た時、物語を読んですぐにこの絵本を一緒に作りたいと思いました。まずこの物語のあたたかくて微笑ましい結末がすごく好きでした。そしてもう一つは、かけっこでカエルくんよりも速く走ってしまうママの個性的な側面が描かれていたのが印象的でした。

リン・シャオペイ氏

 しかし、いざ描こうとした時、ある問題が出てきました。カエルって皆似たような見た目になってしまうんです。実はこの本を刊行する前に、カエルを主人公にする絵本を何冊か出したことがありました。一冊目のカエルは服を着ておらず、真っ裸でした。もう一冊のカエルは、Tシャツしか着ていませんでした。よし、ならば今回の主人公のカエルくんは、ズボンだけ履かせてみようと考えたんです(笑)。ズボンだけだとおかしいかな?とも思ったんですけど、あの有名なプーさんもTシャツしか着ていないし、大丈夫でしょうと(笑)

■ママへの想いを五感で表現したい

雨に起こされたカエルくん。ママの口癖が聞こえた気がして空を見上げる

  この物語でカエルくんは「ママが何に似ているか」という宿題の答えを出すことができず、空を見ながら寝てしまうんです。降り出した雨で目を覚まし、再び空を見上げると、雲が寝る前に見た形と全然違っていた。そのうち一番大きい雲が、ママに似ているように見えてきた。

  最初はそこで、カエルくんは空に向けて飛び上がり、雲のママのほっぺたにキスをするシーンを描いていました。でもしばらく経ってから、子どもの気持ちを考えてみると、キスをするだけではまだ足りないように感じました。久しぶりにママに会えた喜びがすごく強いからこそ、すぐ抱きつきたいと思うのではないか。そこでカエルくんが、雲のママを抱きしめるシーンにしました。

  でもさらにしばらく経つと、もう一度考え直して……。カエルくんはママに会いたくて会いたくてしょうがない。抱きしめるだけでは足りないのではないか。物凄い力で飛びつくんじゃないか。そこで最終的にはその力強さのあまりに、雲のママが支え切れずに横に倒れ込むような絵にしました。これでやっと、カエルくんのママに対する思いの強さを表現することができたと思いました。

カエルくんが雲のママに勢いよく飛びつく場面は読者の涙を誘う

 子どもや読者の気持ちを考えながら何度も試行錯誤しながら描くのが絵本制作の楽しみの一つだと考えています。カエルくんがママを想う強い気持ちを、絵を通して読者に伝えることができたらいいなと思いました。

トークショーは終始和やかな雰囲気で行われた。絵本好きの大人たちが参加し、時に笑顔を交えながら熱心に創作の背景に耳を傾けていた

ハイゴー・ファントン:私は絵本の最後でメッセージを伝えることが好きなんです。絵本はページ数も少なく、文章も多くはないので。今回の日本語版では入れることができなかった言葉を皆さんに贈りたいと思います。

 「誰かを想う時、空を見てください。その時は曇り空かもしれませんが、しばらくすればいつかきっと明るくなるでしょう。あなたの心も雲みたいにふわりと軽くなるはずです」

 最後にこの絵本は、読者の皆さんがそれぞれ想い描く雲に捧げてもらえたらと思います。読みながら、それぞれに大切な人を心に思い浮かべてもらえたら嬉しいです。

イベント当日はサイン会も行われた。作家のトークショーは、作品の魅力を多角的に知ることができる、本好きにとっては格好のイベントとなっている

 

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