映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』バディものにした理由は? 原作に散りばめられたオマージュから考察

映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の原作との共通点は?

  故・水木しげるの漫画を原作としたアニメーション映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(以下、『ゲゲゲの謎』)が2023年11月17日から公開され、興行収入13億8000万円、観客動員87万人を突破(2023年12月19日時点)する大ヒットを記録している。

  鑑賞した観客による口コミが徐々に広がって生まれた今回のヒットだが、特筆すべきことのひとつは、本作をきっかけに『ゲゲゲの鬼太郎』の作品世界そのものにあらためて大きな注目が集まったこと。本作のベースであるTVシリーズ第6期(2018〜2020年に放送)をはじめとした過去のアニメ作品を観たり、原作漫画を手に取ったりすることで、今、あらためて水木ワールドに魅了されている人は少なくないはずだ。

  そして実際、水木しげる生誕100年記念作品として「鬼太郎の誕生譚」を描いた『ゲゲゲの謎』には、鬼太郎作品の数々の中でも特に、原作で鬼太郎の誕生が描かれた貸本漫画「幽霊一家」とそれに続く『墓場鬼太郎』に対するオマージュと、原作者・水木しげるへの多大なリスペクトが込められている。※現在は「幽霊一家」も貸本漫画復刻版『墓場鬼太郎』(KADOKAWA)に収録。

 「幽霊一家」と『墓場鬼太郎』は『ゲゲゲの謎』の直接の原作ではなく、ストーリーもキャラクターも基本的には映画独自のものになっている。鬼太郎の父も母も、映画と「幽霊一家」では見た目も性格もまったく異なる。しかし同時に、共通点や類似点、影響を感じさせる要素も見つけることができる。そこに原作へのオマージュやリスペクトが感じられるのだ。

  本編中で鬼太郎の父=ゲゲ郎=後の目玉おやじが語る「自分は人類より前から地球に住んでいた幽霊族の最後の生き残り」という設定や、幽霊族にまつわる話は、「幽霊一家」で鬼太郎の父が語る内容をほぼ踏襲している。さらに、説明シーンでスクリーンに映し出されていた「バベルの塔」風の建造の絵も、「幽霊一家」で同様の説明がなされた場面のコマに描かれた絵が元になっている(「幽霊一家」ではその建物は「紀元前二万年前の幽霊城」とされている)。

  また「幽霊一家」で鬼太郎の母にあたる女性は、子ども(後の鬼太郎)を身籠もっていながら生活のために血液銀行に血を売っているが、これも(大きなネタバレになるので詳細は伏せるが)『鬼太郎誕生』のストーリーとイメージが重なる設定だ。

 『犬神家の一族』的なミステリ要素と鬼太郎らしい怪奇・妖怪の世界を組み合わせ、現代の観客にも感情移入しやすいドラマチックなバディストーリーを展開する『ゲゲゲの謎』だが、その根幹の部分でしっかり原作・水木ワールドへのオマージュが捧げられているのだ。

  そして、バディストーリーのもうひとりの主人公としてゲゲ郎とタッグを組む「水木」という登場人物には、「幽霊一家」へのオマージュと同時に原作者・水木しげるへのリスペクトも込められている。

  原作者と同じ名前の水木という男は「幽霊一家」にも登場し、鬼太郎の誕生に立ち会う。とはいえ、こちらも鬼太郎の父たちと同様に映画とは見た目も性格も大きく異なっており、「実は作者自身の投影だった」というような水木しげる本人を彷彿させる描写もまったくない。あくまで水木という名の漫画の登場人物のひとりだ。

  一方で『ゲゲゲの謎』の水木には、「戦争で大きな傷を負った」という設定が与えられている。きっと多くの人は、そこに「水木しげる」本人のイメージを重ねるはずだ。水木しげるは第二次世界大戦に出征し、ラバウル島で過酷な戦場を体験して左腕を失っている。また、その経験が作家・水木しげる独特のニヒリスティックでシニカルな視点に大きな影響を与えたとも言われている。映画の水木もまた、戦場での経験が心に暗い影を落としていた。

 『ゲゲゲの謎』はそんな水木という男が鬼太郎の父と出会い、その運命を知り、鬼太郎という存在の誕生に立ち会い、目撃する物語になっている。

  鬼太郎誕生の真実を知る男・水木――そのキャラクター描写にはきっと、鬼太郎の産みの親=水木しげるへの愛と敬意が込められているはずだ。

  事実、本編中で「水木(みずき)」というが「み」にアクセントを置かない平板な発音になっているのは、水木しげる本人が自分の名前をそう呼んでいたのを再現したと、水木しげるの娘・原口なおこが「X」で明かしている。

■オマージュとリスペクトが結実するエンドクレジット

  こうしたオマージュとリスペクトが結実するのが、映画のエンドクレジットだ。キャスト・スタッフのクレジットが流れるスクリーンに次々と映し出される一連のイラストが映画本編の内容と大きく異なっており、驚いた人もいただろう。あのイラストが語っているのは、まさに「幽霊一家」で描かれる鬼太郎誕生の物語だ。

  そこから想像を働かせてみたら……もしかしたらその物語は、映画で描かれた事件の後に水木が曖昧な記憶を元に語ったものだと解釈はできないだろうか。鬼太郎誕生を目撃した後にその記憶を失った水木が、それでもなおうっすらと脳裏に刻まれた残像をもとに生み出した物語。それが、まるで紙芝居のように語られるーー貸本漫画よりさらに前、鬼太郎というキャラクターが最初に登場したのが実は紙芝居だったことは、鬼太郎ファンなら周知の事実だろう。

  物語のベースとなる設定と水木という登場人物、そしてエンドクレジットを通して表現された水木しげるが描き出した世界へのオマージュとリスペクト。それもまた『ゲゲゲの謎』の大きな魅力だ。それを堪能するためにも、映画を観た人はぜひ「幽霊一家」『墓場鬼太郎』に触れてみてはいかがだろうか。

  まず、あらすじから確認しておくと、同作の舞台となるのは昭和31年の哭倉村(なぐらむら)。財政界の大物である龍賀一族に支配された村に、血液銀行に勤める男性・水木と不思議な力をもつ鬼太郎の父が足を踏み入れ、忌まわしき怪奇現象に巻き込まれていく──。

  公式サイトなどでは「鬼太郎の父たちの物語」とまとめられているが、ここで重要なのは“鬼太郎の父”が複数形で表現されていることだろう。原作の時点で、鬼太郎には生みの親と育ての親の2人が存在した。生みの親は言わずと知れた目玉おやじで、育ての親にあたるのが他でもない水木の方だ。

 『ゲゲゲの鬼太郎』が誕生した経緯はやや複雑で、原型となる紙芝居が存在しており、それを水木氏がオリジナルの世界観に昇華させることで、現在よく知られている鬼太郎たちの物語が形作られていく。そこで大きな契機となったのが、1960年頃に発表された貸本マンガ版『墓場鬼太郎』の1話目にあたる『幽霊一家』だった。

  この物語は血液銀行勤務の男性・水木が主人公となっており、ある日隣に不気味な夫婦が引っ越してきたところから始まる。彼らは実は人間に迫害され、絶滅寸前となっている“幽霊族”だった。しかし不治の病にとりつかれていた夫婦は、その後命を落とし、水木は墓場の土の中から生まれてきた赤子を育てることにする。

  こうしたプロットと、育ての親としての水木というキャラクターは、その後『週刊少年マガジン』などで連載された『ゲゲゲの鬼太郎』でも変わっていない。1968年発表の「鬼太郎の誕生」では、ほとんど同じ話の流れで鬼太郎の出生が描かれていた。

  ネタバレを避けるため、詳細は伏せるものの、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』はこの出生エピソードに直結しうるストーリーとなっている。水木の設定や、鬼太郎の両親に関する描写などと密接にリンクするように作られているため、原作と映画を見比べることで深い感動を味わえるはずだ。

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