ハードコアパンクを愛する者たちの世界はかくも美しいーー石井恵梨子の『Laugh Til You Die』評

 雑誌の片隅に掲載されたライブ情報には「問い合わせ・各会場」の文字。他に案内は何もなかったので、各会場、このときは初台WALLに電話をかけた。

「あのぅ、今度行われる○月○日のライブなんですが、えっと……チケットってどんな感じでしょうか?」

「は?」

 2005年、TRAGEDY来日公演のときの話だ。チケットの発売日、ローチケやeプラス発券番号だとか、そういうものをシステマチックに尋ねたかった私と、予約ならさっさと名前を言え、もしくは店頭に買いに来いと思ったであろう店員さんの間には、途方もない溝があった。それまでハードコアパンクの世界を知らないではなかったが、介在するイベンターがそれなりの採算を考える、比較的商業ベースのライブばかりを見てきたのだと思い知る。「問い合わせ・各会場」とは、それらをすっ飛ばすD.I.Y.ツアーということだった。

 TRAGEDYを招聘したのはFORWARDである。本書を読んでわかったことだが、この公演はFORWARDとWARHEADによる翌年のアメリカツアーの前哨戦として組まれたものだった。チケットがあったかどうか記憶は定かではない。ただ予約した名前を伝え、現金を払い、猛者の溢れるフロアにそろそろと紛れ込む。途端に襲いかかってくる爆音と怒号と咆哮。全バンドが素晴らしくカッコよく、同時に相当おっかなかった。

 それでも日本のライブハウスは、本書によるとかなり恵まれた、演者を甘えさせる環境なのだとか。これは、海外のバーやガレージで、もしくはボウリング場(!)や人の家(!!)で、ISHIYAたちのバンドが繰り返してきた海外ツアーの実録である。移動距離や宿泊先も含め、想像以上に過酷でタフ、なんだかとんでもない出来事が続く。立派な個室ホテルに連泊だとはさすがに想像していなかったが、ほんとにまぁ、これほどの世界なのか。しかし、なぜだかISHIYAの筆は楽しそうに進む。ほかに何を望むのだと言わんばかりの誇りが滲んでいたりもする。身の危険はつきまとうが、いいなぁと思うエピソードは枚挙にいとまがない(真似できるかどうかはまったく別の話ですが)。

 よほどのレジェンドは違うのだろうが、D.I.Y.ハードコアパンクの世界は、昔も今も、基本的に儲けを度外視して回っているようだ。髪を逆立てたパンクス同士、知り合いをツテに街から街を渡り歩く。友人知人の家に泊めてもらい、場合によっては野宿も辞さない感じで、ひたすら移動とパーティーが続く。多少のトラブルが起ころうとも気にしない。誰もが相互扶助の精神で自然と動く。人によっては信じられないコミュニティに見えるのだろう。初対面の集団にそこまでできるのか。カネで解決したほうがいっそ簡単なことが多いのでは。だが誰もそうしない。まるで不文律でもあるかのように。

 印象的な言葉がある。2006年のアメリカツアー中、ISHIYAたちはTRAGEDYから「俺はお前を信頼している」と声をかけられている。連日連夜を共にするのだ、互いを信じる気持ちはあって当然だろう。ただ、違う肌の色、違う言語、違うカルチャーを目の当たりにし、最初は驚くばかり、そのうち本気で考え始める記述が非常に多いため、この言葉にはかなりグッとくるものが込められていたと途中から気づかされる。「信用」ではない。「信頼」だ。最終話にも、あとがきにも、この二文字は登場している。

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