【漫画】東日本大震災、東京では何が起こっていたか……SNS漫画『帰宅難民になりかけた話』のリアリティ

未来の漫画家のために制作を決意

――改めて『東日本大震災で帰宅難民になりかけた話』を制作した経緯を教えてください。

ナリムラ:当時震災に遭ってから、「この日のことは絶対に忘れないようにしよう」と思っていました。ただ、漫画にも描きましたが「私の経験なんて大したことはないのではないか」「あの時大変な目にあった人がたくさんいたのに、居酒屋にいたなんて不謹慎ではないか」という気持ちが奥底にあり、作品として残すことに躊躇していました。

――その気持ちが変わったきっかけはありましたか?

ナリムラ:東日本大震災から10年以上が過ぎ、震災の記憶がない子供たちも成長して、「大きな体験談は記録に残るけど、些細な体験は発信しない限りはいずれ忘れられていくんだな」と感じ、そこで「描いて残しておこう」と決意しました。

 また、私は現在『ぷらっと江戸吉原 タイムトラベル案内帖』(ふゅーじょんぷろだくと)という、江戸時代の吉原を解説する漫画を連載しています。資料を漁って当時の様子を調べて描くことが多いのですが、「詳しい資料が残っていないのでわからない!」ということが少なくありません。ですので、もし100年後に「東日本大震災当日の東京の様子を描きたい」という漫画家が出てきた時、「『こういう人もいたし、都内はこういう感じだったよ』という資料になればいいな」と思って描いたところもあります。

――「ちょっと遅めのランチをとった」「防災意識の高い会社があった」「サブウェイに集まる外国人」など、当時の様子が詳細に描かれていました。なぜここまで詳細に記憶できていたのですか?

ナリムラ:この経験は絶対に忘れたくなかったので、定期的に鮮明に思い出すようにしていました。本当は漫画にする前にメモなどで簡単に記録しておけば良かったのですが、なんとなく憚られて……。毎年3月には当時のアーカイブなどを見直して、今回描いた地震発生前から自宅に帰るまでを最初から追って、記憶の整理をしていました。

――当時を振り返りながら制作することにストレスはありませんでしたか?

ナリムラ:描いている時はとにかく必死だったので、不思議とそこまでストレスはなかったです。間違った情報を伝えてしまってはよくないと思い、「この日は何時から電車が止まっていつ動き始めたのか」「このニュースをやっていたのは何時ごろだったのか」といったことをできる限り正確に描いてやろうという気持ちでした。

――構想はあったものの描き始めるまでは10年近く葛藤がありました。本作を完成させたことで、ナリムラさん自身の心境に変化はありましたか?

ナリムラ: 10年以上も心に溜めていたものをようやく全て吐き出せて、私の中での東日本大震災やっとひとつの区切りを迎えられた、という気分でした。また、「もし私が今後あの日の記憶を忘れてしまっても、この漫画を読み返せばまた思い出せるし、他の人が覚えていてくれる」とホッとしました。もちろん「描いたから忘れてしまっていい」という意味ではなく、今でも当時のアーカイブなどは見返しています。

去年よりも反応が良かった理由は?

――とりわけ、本作は「多くの人に届いてほしい」という思いが一層強かった作品だったかと思います。多くの人に届けるために、どのような点を意識しましたか?

ナリムラ:できる限りリアルな描写にしないように努めました。他の仕事もあり、あまり描き込む時間が取れないというのもありましたが、「綿密に描写しても当時を思い出して辛くなってしまう人もいるだろう」と思い、なるべく簡単なラクガキのような線で描写しました。その代わり、資料価値を上げるために情報量は詰め込んだつもりです。

――SNSでも大きな反響集めていました。この反響の大きさはどう受け止めていますか?

ナリムラ:本作を最初に公開したのは2022年の3月11日でした。その時も普段以上に反応をいただけて嬉しかったのですが、今年改めて3月11日を迎えたのでTwitterに再掲載したところ、予想以上の反響がありとても驚きました! これは憶測ですが、昨年に大ヒットした新海誠監督の映画『すずめの戸締まり』の中で震災について取り上げており、「触れにくい話題だけど語っていいんだ」という空気感が醸成されたからかもしれません。

――印象的なコメントはありましたか?

ナリムラ:漫画を読んで当時の様子を語ってくれる人が多く、「同じように帰れないから居酒屋を利用した人」「お店で働いていた側の人」が声が寄せられたのも嬉しかったです。また、「復興が進んだ今の仙台にも遊びに来てください」という嬉しいコメントもいただきました。実は5~6年ほど前に仙台に遊びに行き、その際はまるで震災など無かったように楽しい旅を満喫できました。次は気仙沼や石巻などの震災遺構を巡る旅をしてみたいです。

――最後に今後の活動において宣伝や目標などあればどうぞ!

ナリムラ:宣伝としては、前述した『ぷらっと江戸吉原 タイムトラベル案内帖』です。当時についてわかりやすく漫画として表現、解説をしています。また、江戸時代の浮世絵と現代の同じ場所を比較しながら歩いた漫画『令和江戸百景-浮世絵の場所全部行くし老舗グルメも食べる-』(ふゅーじょんぷろだくと)など、食レポや実録漫画をメインに執筆しているので、興味を持ってもらえればと思います。過去の様子を今に伝えるのと同時に、現代の様子をWeb・書籍などさまざまな媒体でレポートとして末永く残して、遠い未来で令和の参考資料として活用してもらえるように取り組んでいきたいです。

『ぷらっと江戸吉原 タイムトラベル案内帖』

https://comic.pixiv.net/works/9041
1話は常時公開、最新話(※雑誌掲載済みの数話遅れ)を月一で更新中。

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