ファンタジーでよく見る設定「魔術」「魔女」「悪魔」を考察

■エクソシズムの歴史

 新約聖書には始祖であるイエス・キリストと弟子たちがエクソシズムを行う描写がある。

 キリスト教の歴史の長さとエクソシズムの歴史の長さはほぼ=と言っていいだろう。

 では、悪魔はキリスト教が生み出した概念なのか?

 答えはノーだ。

 キリスト教の誕生は紀元後だが、悪魔の概念は紀元前のメソポタミアにすでに存在していた。

『エクソシスト』に登場する悪魔パズズはメソポタミア文明を築いたアッカド人の伝承に登場する悪霊の名前だ。キリスト教はユダヤ教から発祥しているので、恐らく成立の過程で元々あった思想をベースに悪魔祓いも誕生しているのだろう。

 エクソシズムはキリスト教誕生とほぼ同時に始まっているため、公認され体系化された時期も非常に早い。

 3世紀には悪魔祓いを行う専門の職務、「祓魔師」(エクソシスト)が設けられていた。3世紀のローマ教皇コルネリウスが残した記録によると、すでに当時のローマ・カトリック教会には52人のエクソシストがいたとのことだ。

 初期キリスト教の時代の儀式は「イエスの名において出ていけ」と命じるだけだったが、その後、祈りの言葉や、聖油を塗布する儀式が追加され、1614年にはローマ・カトリック教会が『ローマ典礼儀式書』を定めて、規定を設けている。

 この規定は1999年に改訂されており、驚きなのだが何と今も現役だ。

 『エクソシスト』劇中、娘が悪魔に憑りつかれたクリス・マクニールはダミアン・カラス神父に「悪魔祓いをしてくれる人を見つけるにはどうすればいいか?」と尋ねる場面がある。

 精神科医でもあるカラス神父は驚き、「まずはその人をタイムマシンに押し込んで16世紀
に戻すんですね」と答える。

 これは現実的かつ常識的な回答に聞こえるが、実際のところ悪魔祓いは21世紀の現代でもさして珍しい儀式ではない。

 前述の『バチカン・エクソシスト』によるとカトリックの本拠地があるイタリアには約350人の公認されたエクソシストがいるというが、同書は16世紀の書籍ではない。2007年に出版された21世紀のノンフィクションだ。

 21世紀初頭までカトリックの最高権力者である教皇だったヨハネ・パウロ二世も悪魔祓いを行った記録がある。

 悪魔祓いには作法があり、これも時代とともに変化した。

 16世紀イタリアの神学者、ジロラモ・メンギは悪魔に憑りつかれた者の特徴を以下のようにまとめている。

・それまで知らなかった言語を話す
・知らないはずの知識を口にする
・超人的な力の発揮
・司祭や神聖なものに対して嫌悪を示す
・深い憂鬱
・悪魔の助けを求める
・ナイフやガラスの破片など異常なものを吐き出す

 これらは映画『エクソシスト』で明確に描写されている。

  『エクソシスト』のメリン神父(マックス・フォン・シドー)とカラス神父は聖水の散布、カソックの着用、十字架の使用などローマ・カトリック教会の規定に従って悪魔祓いを行っており、ウィリアム・フリードキン監督は本来リアリティを求められないオカルトホラーでも入念な調査でリアリズムを重視していることがわかる。

 ところで『エクソシスト』は1949年にメリーランド州で起きた「メリーランド悪魔憑き事件」をモデルにしているがあくまでもオカルトホラーであり、はっきりとフィクションの領域に留まっている。

 1976年にドイツで発生したアンネリーゼ・ミシェルを元にした映画『エミリー・ローズ』は違う。

 アンネリーゼはカトリック教会のエクソシズムを受け、結果として亡くなったが、彼女にエクソシズムを行ったカトリックの司祭は「適切な処置を行わなかった」として過失致死傷罪で起訴されている。

 『エミリー・ローズ』は舞台がアメリカに置き換えられ、人物名も変更されているが、オカルトホラーと言うより法廷劇と言った方が適切な作りで、「エミリーは本物の悪魔憑きだったか精神疾患だったのか」論争になる。『エクソシスト』でも精神科医でもあるカラス神父は当初悪魔憑きに懐疑的な様子を見せるが、最後は大々的なエクソシズムの儀式場面で終わる。『エミリー・ローズ』の方が現実との地続き感が強い。

 聖職者にも悪魔憑きに懐疑的な人物はいる。『バチカン・エクソシスト』で取材しているベネディクト・J・グローシェル神父はニューヨークの教会の司祭だが、同時にコロンビア大学で心理学を学んだ科学者でもある。グローシェル神父は超常現象と悪魔憑きの権威でもあるが、アメリカ人作家マイケル・W・クネオに対して「自分のところに送られてきたケースでこれは本物の悪魔憑きだと思えるものは一つも無かった」と語っている。

 余談だが。

 陰鬱なイメージの強いエクソシズムだが、『妖人奇人館』(河出書房 澁澤龍彦(著))ではローマ法王グレゴリウス1世が悪魔憑きについて書き残したユーモラスなエピソードが紹介されている。

 ある時、女子修道院の菜園で修道女がレタスの葉を摘んで食べていると、何やらお腹の中に悪魔が入ってしまったような気がして大層心配になった。

 エクソシストが呼ばれて、「早く出てこい」と説諭すると、悪魔は言った。

 「冗談じゃない。誰が好きでこんなところに入るか。せっかく気持ちいい葉っぱの上で昼寝してたら、この娘が摘んで食ったんじゃないか」

 その後、悪魔は簡単に自分から出ていって事件はケリがついたとのことだ。

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