『三千円の使いかた』原田ひ香インタビュー 「結婚も子供も望んでいるのに、貧困のせいで機会を奪われるのは辛い」

原田ひ香『三千円の使いかた』(中公文庫)

 「2022年最も売れた文庫」として話題となった原田ひ香の小説『三千円の使いかた』(中公文庫)が、2023年1月より葵わかなの主演でドラマ化され、さらに注目を集めている。

 就職して理想の一人暮らしをはじめた美帆(貯金三十万)。結婚前は証券会社勤務だった姉・真帆(貯金六百万)。習い事に熱心で向上心の高い母・智子(貯金百万弱)。そして一千万円を貯めた祖母・琴子。御厨家の女性たちは人生の節目とピンチを乗り越えるため、お金をどう貯めて、どう使うのかを描いた本作。

 お金をテーマにしたホームドラマが、なぜ多くの人々の関心を集めているのか。原作小説『三千円の使いかた』著者の原田ひ香に話を聞いた。

ドラマ化で家族それぞれの悩みがより具体的に

――『三千円の使いかた』が葵わかなさん主演でテレビドラマ化されています。ドラマをどのようにご覧になっていますか。

原田ひ香(以下 原田):この本の文庫化が1年半前、単行本はその2年前で、私が連載で書いていたのはもう5、6年前になるんですね。ちょうどその頃、葵わかなさんが朝ドラ(『わろてんか』)をやっていて、それをずっと拝見していたので、ご縁を感じるところがあります。特にこの本はこんな風に売れて、注目されましたが、すごく大きなことが起こるような話ではなく、お金のことを描いているものの、普通のいわゆるホームドラマだと思いますから。だから、当時はドラマ化するなんて全く考えてもみなかったので、すごいびっくりしました。

――連載時の朝ドラヒロインが、今やご自身の作品のドラマのヒロインですもんね。

原田:葵さんがあんなに歌が上手だということも、このドラマで初めて知ったんですけど、調べてみたらミュージカル経験が豊富な方のようで、さらに彼女の魅力を知りました。それに、長女役の山崎紘菜さんは、ちょうど今放送中の朝ドラ(『舞いあがれ!』)に出られていて、朝ドラを観てファンになったら、この作品ではお姉さん役で。朝ドラでは航空学校の学生役でしたけど、今回はお母さん役で、感情が昂るシーンでは涙ぐんだりされている演技を見て、改めて「役者さんってすごいなあ」と。内容は当然知っているのに、山崎さんが上手なので、私も一緒になって涙ぐんだりして、ついそれをTwitterに書いちゃったら、ご本人のヤマザキさんから嬉しいですというお返事をいただいたんですよ。すごく驚きましたし、嬉しかったです。

――ドラマならではだと感じる部分もありましたか。

原田:キャストの皆さんがすごく素敵な方ばかりで、物語がより立体的になったことでしょうか。お母さん役の森尾由美さんは、『おそく起きた朝は……』(フジテレビ系)をいつも観ていたんですけど、嫁姑問題についての質問への見事な返しを覚えています。芸能人でキラキラしたその世界にいらっしゃるのに、地に足の着いた頭の良い方だなという印象を持っていたので、そうしたご本人の魅力がお母さん像に反映されている気がします。また、祖母の役の中尾ミエさんは『5時に夢中』(TOKYO MX)に出演されていて、中尾さんが大家をやっているアパートの若い方とよく交流をされているという話をされていたので、ピッタリだなと。それに、小説では別々に住んでいるシーンが多いのに対し、ドラマでは一緒に住む家族のホームドラマになっていることで、家族それぞれの悩みが、より具体的に浮き彫りになっている気がします。

何か大きな事件がないと、主婦が主役にはなりにくい

――それにしても、人生を決める少額が「3000円」というのは絶妙ですよね。この金額はどのように設定されたのですか。

原田:1000円でもいいし、5000円でもいいんですが、1000円だと単行本が買えないし、映画も観られないですよね。それに、5000円だと投資、貯めちゃおうみたいな感覚になって、使いにくくなるので、いつもは節約しているような人でも、ちょっと自分のためにとか、何か欲しいもののために使えるのが3000円くらいかなと思ったんです。

――ご自身の実感のこもった金額なのですね。御厨家の4人のお金の使い方、貯め方、暮らし方が非常にリアルですが、モデルとなった方などはいるのでしょうか。

原田:基本的には私自身が今まで育ってきた環境や家族がベースにあり、全員が自分自身ではあるんですね。例えば、主人公の美帆は最初、浪費というほどではなくとも、高めの家賃の部屋に住んで好きなものを買ってという暮らし方をしていますよね。それは私自身の20代のOL時代に近くて、当時すでにバブルは終わっていたものの、将来のことはあまり考えていなくて、なんとかなるかみたいな感覚でした。ネットで感想を見ると、小説のときにはそれほどでもなかったんですが、ドラマはいろんな方がご覧になっているので、「金遣いが荒い」とか、すごく怒っている方がいらっしゃって、ちょっと胸が痛むんですけど(笑)。私は今、本当に欲しいものがなくて、逆にお金を使うことがなくて悲しいくらいなのは、やっぱり20代の頃の一時期に使った満足感があるからだとも思うんですよね。だから、最初からずっと節約していると、どこかで爆発しちゃうんじゃないかと思います。

――最初は対照的に見えた節約家のお姉さん・真帆さんも、ご自身の経験がベースにあるのですか。

原田:そうですね。私も結婚してしばらくは地方で専業主婦をやっていましたし、節約雑誌や主婦雑誌がすごく好きで、そういう編集部に行ってお話を聞くと、20代後半から30代前半で、未就学児のお子さんが1~2人いらっしゃるご家庭を想定していらっしゃるらしいんですね。そういった層は、節約をこれからしようという家族のモデルになっていますし、実際そうした層に向けた本を私は1番書きたいと思っていて。というのも、小説やドラマでは主婦は、殺人の濡れ衣を着せられたり、不倫になったり、旦那さんがすごくひどい人で離婚するとか、すごく悲しい描き方ばかりされるじゃないですか。何か大きな事件がないと、主婦が主役にはなりにくいんです。でも、主婦雑誌を見ていると、収入が少ない若い主婦の方でも、オシャレで素敵で、お子さんも可愛くて、旦那さんもイケメンで、本当に楽しそうに暮らしていらっしゃるんですね。もちろん小さな不満は皆さん持っているでしょうけど、前向きに考えていらっしゃる。実際にはそういう方のほうが多いし、そういう人を主役にしたいと思っていた中で、お金のことを書けばそれができるんじゃないかと思いました。

――主婦雑誌のメインターゲットが、真帆さんということですね。お母さんの智子さんやおばあさんの琴子さんはご自身より年上ですが。

原田:智子さんは自分と1番年齢的に近いですが、連載時は私よりちょっと年上の女性で、更年期があったり、体の調子が悪くなったり、夫への不満も世代的に真帆さんの夫とは違う、あまり動かない、何もやってくれない感じですよね。一方、おばあちゃんは自分の延長線上みたいな感じで、自分が年を取ったらどんなふうになるか、という思いがありました。おばあちゃんは結構お金を持っている設定ですが、実際、東京に住んでいる高齢者で、旦那さんが亡くなった後、保険などで1000万円ぐらいあって、その1000万円で足りるかというと、そうでもないという現実もあるなと思って書きました。

――1000万円あってもダメなんだと、御著書を拝読して改めて自覚しましたし、勉強になりました。

原田:『三千円の使いかた』の単行本が出たのは、「老後2000万問題」が出る前なんですよ。1000万円って、金額としてすごく大きいですが、どういう死に方を望むかで全然違ってくるんですよね。変な話、病気で亡くなるのは悲しいけど、かといって90歳、100歳までずっと施設で暮らしているような形なら、かなり厳しいな、と。自分自身、年金があったとしてもやっぱり厳しい状態になりますから、意外とリアルなのかなと思います。

――この本が大ヒットしたのは、そうした世の中の意識とリンクしていたこともあるかなと感じました。

原田:単行本が4、5年前に出たときも、まあまあ売れていたんですが、正直、こんなに文庫本が売れるとは思っていなくて。文庫が出たのが1年半前で、ちょうどコロナ禍2年目(2021年)の夏ぐらいなんですよね。コロナが終わりそうで終わらない状況で、気持ち的にまだ少し余裕があって、お金のことを落ち着いて考えたいなという時期に重なったのではないかと思います。当時、実際に書店で買われたのは、50代、60代の女性が圧倒的に多いらしいんです。やはりそのぐらいの年齢の方が、リアルにお金のことが気になっていた頃に文庫本が出たのかと思いますし、『三千円の使いかた』というタイトルも良かったのかと思います。

関連記事