【漫画】売れない児童小説家、絵を描き続ける少女との交流で得たものは? SNSで話題『或る作家の話』がドラマチック
作者自身の物語
――『或る作家の話』制作の背景を教えてください。
秋晴:もともと幼少期から漫画や絵を描くことが好きだったのですが、「子供らしい絵ではない」「芸術的ではない」と周囲の大人からは不評でした。ただ、高校生の時に課題で絵本を描いた際、初めて大人達に絵を褒められ、「これなら認めてもらえるんだ!」と思って絵本作家を目指すようになりました。
――秋晴さん自身の物語でもあるのですね。
秋晴:そうかもしれません。その後、美術系の大学に進み絵本を描いていたのですが、絵はどうしても絵本というよりは漫画っぽくなってしまい、話も説教くさくなってしまうというか、我ながらあまり面白くなりませんでした。そんな時、子どもがいる同学生の制作した絵本を見て感嘆しました。文は言葉を羅列するだけではなくリズム感があり、子どもが驚くような仕掛けがあり、絵は大胆で楽しい。その時、「この人はちゃんと子どもに向けて描いているから面白いんだ」「本当に絵本を描くのが好きで描いているから面白いのだ」と思いました。
キッカケは『不思議の国アリス』
――アーネストに指摘されたチャールズのような気持ちになったのですね。
秋晴:そうですね。自分は児童小説や絵本を読むこと自体はとても好きでしたが、実際に子どもと触れ合った経験が少なく、自分がまだ精神的に幼稚すぎる。なにより、本当に描きたかったのは絵本ではなく漫画だったということ、好きと描きたいは違うことに気付き、絵本作りは止めました。
それから数年後、本屋に『不思議の国アリス』の原本の写本が売っているのを見つけ、装丁が美しかったので購入しました。それは作者が手書きで絵や文を書き、製本した本でした。そして、同書を読んだ際、自分は誰かの為にこんな手間がかかることをできない」と思いました。それと同時に「子どもの反応を見ながら、その子がどんな話を面白いと思うか真摯に考え、丁寧に作ったからこそ、面白い話が書けたのではないか」という気持ちもあらためて生まれました。
――大きな衝撃を受けたのですね。
秋晴:児童小説家達への敬愛と尊敬、自分も誰かを楽しませるという意識を常に持って制作していくことを忘れないようにしたい。そして、今創作をしている大人達、またこれから創作をする子ども達を応援したいという気持ちを何か形にしたいと思って、本作を描き始めました。当時は仕事がかなり忙しく仕事が終われば寝る生活だったのですが、「漫画を描きたい」という思いが爆発して、寝ずにプロットを満足いくまで書き殴ったことは今でもよく覚えています。
感情の解像度を高くする
――登場人物はどのように練りましたか?
秋晴:チャールズは、最後に自分の素直な気持ちに気づくので、話の冒頭と最後で変化を作りやすいように偏屈な性格にしました。ビアトリクスは、主人公を振り回して話を動かしてくれそうな、等身大のいたずらっ子にしています。また、アーネストは、鬱憤を抱えていることが終盤までわからないよう、なるべく兄や娘に協力的に見えるような性格にしました。大事件が起きる話ではないため、読者が途中で飽きないよう会話のテンポ感やコミカルさを意識しました。会話をする際は、片方のどちらかがボケ、ツッコミになるように配慮しています。
――ビアトリクスの絵を初めてチャールズを見るシーンはとても幻想的でした。
秋晴:空間の広がりが感じられるように魚眼パースを使用しています。パース感を出せるよう、また強く風が吹いて紙がはためいているように見えるよう、紙をぶら下げている紐を魚眼パースに沿って描きました。また、画面を少し傾けることで、“動いている瞬間”の感じを出しています。
――セリフや表情から登場人物の感情が揺れている様子が、とても細かく伝わりました。感情を表現するために意識していることは?
秋晴:なるべく完全な想像や偏見で感情を描かないことにしています。読者がキャラクターと同じ葛藤を抱えていたとして、作中で表現されている感情と実際に自分が感じる感情に剥離があると冷めてしまうと、考えています。ですので、直接同じ体験はしていなくても、可能な限りその状況にいる人が感じるであろう気持ち、だからこそ出てくる納得感のあるセリフを意識して、感情の解像度を高くすることを心掛けています。
――賞を受賞して、今後の活躍も期待されます。どのように漫画制作を展開していく予定ですか?
秋晴:まだ何も決まっておりませんが「漫画の連載をしてみたいな」と思っています。また、これからも紆余曲折あると思いますが、今回描いた話のテーマを指標として、自分なりに楽しく苦しみながらもみなさんにいろいろな感情を与えられる漫画を描き続けたいです。