漫画好きが注目するSFファンタジー『星旅少年』 著者・坂月さかなと担当編集が語る「青」と「創作」の裏側
旅の物語は風景から、人間関係の物語は結末から
――本作の緻密なストーリーはどのようにして生み出されているのでしょか。
坂月:例えば、303が他の星へ行って文化を記録する“旅の物語”は風景から、ジリ(505)や他のキャラクターたちが大きく関わってくる“人間関係の物語”は、結末から逆算して生み出しています。
――風景というのは具体的にどういうものなのでしょうか。
坂月:私の頭の中には長年の妄想によって蓄積されたもう一つの世界があるのですが、イメージとしてはその世界に自分が旅をして、スケッチをして帰ってくるみたいな……そのスケッチを風景として捉えています。“旅のお話”を考える時は、この風景に辿り着くためにはどんなお話が必要なのか、キャラクターをどう動かすべきなのかと考えることが多いです。
――ご自身のお好きな国や風景など、妄想の参考にされた資料はありますか?
坂月:自分が夢の中で見た景色を再現したことはありますが、実在の国や街をモデルにしたことはあまり多くはないですね。参考資料はインスピレーションを受けるためではなく、自分の中にあるイメージを固めていくために使うことが多いです。
斉藤:風景といえば給水塔がお好きですよね。
坂月:塔が好きなんですよ。具体的に何の塔というよりもあの雰囲気が良いんです。幼い頃、街中にある給水塔や電波塔を見るたびに「あれはなんだろう」とずっと不思議に思っていて。もちろん給水塔や電波塔それぞれに役割や意味がありますが、一見するとなんで存在しているのかわからないという不穏さ。あの雰囲気を作中に登場する街並みや建物で表現できたらと思っているので、塔はいっぱい描いています。
――作中で描かれる食のシーンも魅力的です。こだわりはありますか?
坂月:料理は再現できそうという点を意識しています。あと、食材や調味料は、見た目から連想したファンタジックな名称にしていて、塩なら見方によっては宝石みたいだから“水晶塩”と名付けてみたり。
坂月:他にも“フリカのお茶”という飲み物が作中に登場するのですが、これは“フリカ”って言葉だけで良い香りがしそうだなって。音の響きを探って料理名に採用することも多いですね。ちなみに“フリカ”というワードは、アーティストのflica(フリカ)さんから取っています。
――食べ物の名前といえば、TAMAGOなど一部アルファベット表記になっている食材が気になります。
坂月:それは今後重要になってきます(笑)。日本語なのにあえてアルファベットにしているものに注目すると、今後の展開が見えてくるかもしれないです。
2人が選ぶお気に入りのシーンとは
――今まで描いたなかで時にお気に入りのシーンを教えてください。
斉藤:一つに絞るのが難しいのですが、やっぱり3話のこちらのシーンですね。あまりにも込み上げてくるものがあって、ネームの段階で泣いてしまったんです。原稿が完成して、単行本になって、そして今改めて見ても本当に涙が出てきます。
――消えるものと消えないもの、本作の根幹にずっとあるテーマを体現したようなシーンですよね。坂月先生はこのテーマについてどんな思いを持っていますか?
坂月:「トビアスの木」ってお墓みたいなものだと思っているんです。その人がそこに存在していたという証でそれを見れば何かを思い出す……要はきっかけなんですよね。そのきっかけを得て、自分の心に残っているものを引っ張り出したり、誰かを思い出すことができると思うんです。
坂月:『星旅少年』の世界ではみんなどんどん眠りについて木になっています。そこで最後に何が残るのか……ぜひ今後の展開を楽しみにしてください。
――そんな坂月先生が選ぶお気に入りのシーンは?
坂月:私は1巻の12ページのラジオの音を聞いているシーンがお気に入りです。自分の空間に他者が存在していて、その人が自分の精神状態に関わらず穏やかに過ごしている……この距離感がすごく安心するんですよね。あとは2巻の8話。303の内面に踏み込んだ回で、2巻はこの話を描くためにあったので、すごく思い入れがあります。
旅をしている気持ちで描いている、坂月先生が思う“創作”とは
――創作するうえで一番苦労されたことを教えてください。
坂月:今が一番苦しんでいます。先ほどお話した“旅の物語”みたいに、風景からお話を生み出すのはすごく得意なんですよ。一方で、結末に向かって描いていく“人間関係の物語”がすごく苦手なんです。キャラクターのことを理解しようと考え込めば込むほど、キャラクターの心情が自分に跳ね返ってきてしまう……。そういった苦しさはもちろんですが、自分がキャラクターに感情移入し過ぎてしまうと、物語を冷静に見れなくなってしまうんですよね。どうしたら自分の作品を客観視できるのかと苦労しています。
――生みの苦しみと葛藤するなかで、何が坂月先生を奮い立たせるのでしょうか。
坂月:自分も旅をしている気持ちで描いているからだと思います。創作って、自分しか知らない旅先に一人で行って、そこで見てきたものを描くという行為だと思うんですよ。新たな風景やキャラクターの側面が見えてくると、“旅の楽しみ”みたいな感じで自分自身もワクワクしてくるんです。だからこそ辛くても描いていけるのだと思います。
――とてもハードな旅ですね。担当編集の斉藤さんは坂月先生にどのようなアドバイスをされているのでしょうか。
斉藤:私は言わば『星旅少年』の最初の読者なので、基本的には一読して分かりづらかったり、矛盾を感じたところを指摘したりという感じですね。
――過去の斉藤さんからのフィードバックで印象的なものはありますか?
坂月:2巻に収録されているある話の部分で「303はこんなこと言わない」と言われたことですかね。当時は、えっ私が作っているのに!? と思いましたが(笑)、結果的に修正して良かったなと思っています。もしもあのまま描いていたら303は現在の姿になっていなかった、むしろ台無しになっていたと思うのでこのアドバイスは本当に助かりました。
斉藤:そんな大したことは言っていない気がします(笑)。でも、その回は303のキャラクターが全体的に甘めだったような印象があったんです。
坂月:私はキャラクターの過去も含めて全て知っている立場なので、それを踏まえて描いてしまうのですが、読者の方は知らないから時にちぐはぐな印象を受けることってあると思うんです。その辺りを斉藤さんが最初の読者としてしっかりと防いで下さるのでとてもありがたいです。
――斉藤さんは漫画の編集を担当するのは『星旅少年』が実質初めてということですが、意識されていることはありますか?
斉藤:ストーリーの矛盾やキャラクターの印象がいつもと違うとか、そう言った点は漫画編集の経験年数に関わらず気づけるところだと思うんです。なので、漫画編集者だからって特別身構えたりせずに、フラットな気持ちで作品を読んで気づいたことをお伝えするようにしています。
コラボカフェ、ガイドブック……『星旅少年』を通して実現したいこと
――今後、作品を通してやってみたいことはありますか?
坂月:コラボカフェに興味があります。昨年個展を開催したのですが、その時に来場された方に『星旅少年』に登場するシナモンティーをお出ししたんです。それがすごく評判が良くて、皆さん喜んでくださったんですよ。だから、キャラクター推しではなく、作中の食べ物を再現したコラボカフェができたら良いなって。
坂月:もともと “作品の世界のなかにみんなで旅しにきてほしい”という気持ちで作品を描いていて、例えるなら旅行のガイドブックを作っているみたいな感覚なんです。コラボカフェって作品の世界を体験できる貴重な機会でもあるので、いつか実現できたら良いなと思っています。
斉藤:私は『星旅少年』のファンブックを出すのが夢です。実は、本編では出せていない細かいキャラクターの設定がたくさんあるので、一人一人の裏話を皆さんにお見せできたら嬉しいなと。
坂月:地図とか載せていないですもんね。
斉藤:そういった未公開設定もまとめて「星旅ガイドブック」とかできたら面白そうですよね。
――ガイドブックといえば、単行本のカバー下が凝っていて、本編と同じくらい読むのが楽しみです。
坂月:カバー下は本編と同じくらい気合を入れて描いているので、もう副読本的な感じでまとめたいです。購入特典で、ホテルや宿舎の鍵のキーホルダーをつけたり……そういう楽しいことはたくさんやっていきたいですね。
――実現する日が来るのを楽しみにしています! それでは最後に読者の皆さんへメッセージをお願いいたします。
坂月:いつも読んで下さって本当にありがとうございます。皆さんにとって一番心地良い距離感で『星旅少年』を楽しんでもらえたら嬉しいです。私もお応えできるようにベストを尽くして描いていきます。