『これ描いて死ね』が象徴する“漫画家漫画”の今 『まんが道』『バクマン。』など名作から時代の変化を読む

 各種アプリやウェブサイトと、かつてと比較して漫画を「掲載」するサービスが拡大し、SNSでバズを起こしたオリジナル作品が商業的に成功するケースも増えている。そんななかで「漫画家」という職業にフォーカスした作品が注目を集めているのか、『このマンガがすごい!2022』オトコ編1位に選ばれた『ルックバック』に続き、今年も『このマンガがすごい! 2023』オトコ編6位になった『これ描いて死ね』という“漫画家漫画”が話題になっている。

 少年少女の憧れである漫画家の姿を描く漫画には、過去にも名作がある。本稿ではそんな作品を振り返りつつ、最新の人気作『これ描いて死ね』の魅力を紹介したい。

『まんが道』

 レジェンドといえる作品のひとつとして、藤子不二雄Aの手掛けた『まんが道』が挙げられる。終戦直後の時代に出会った小学生・満賀と才野が漫画家を目指し、ふたりが漫画と向き合う様子を描いたドキュメンタリーともいえる名作だ。

 物語の中盤で、ふたりは木造2階建てのアパート「トキワ荘」に住むこととなる。いま読み返すと、現在の漫画家の卵たちとはまた違った切実さが描かれているのが印象的で、例えば、「トキワ荘」での暮らしを象徴するものとして「キャベツいため」や「チューダー」(焼酎をサイダーで割ったもの)といった安価なレシピの存在が挙げられるだろう。トキワ荘の住人とチューダーを交わす際や担当の編集者にご飯をごちそうしてもらったときなど、本作では「食べる」ことから大きな喜びを得る様子が多く見られる。

 インターネットも、もちろんSNSもアプリもなかった時代に、より狭き門だった漫画家を目指す“覚悟”と青春の輝きが、生活の描写から伝わってくる。いま漫画家デビューを目指すクリエイターにも勇気を与える作品だといえるだろう。

『バクマン。』

 『まんが道』と同じく、ふたりの少年が漫画家を目指す過程を描いた漫画として『バクマン。』が挙げられる。本作が連載を開始したのは2008年で、携帯電話もインターネットも普及しているが、やはり「雑誌掲載」が漫画家デビューに至るほとんど唯一の道であることは変わらない。

 『バクマン。』で主人公の真城と高木は、作画と原作という立場で、自分たちの作品がアニメ化されることを目標に奮闘する。『バクマン。』が連載されたのは“友情・努力・勝利”で知られる「週刊少年ジャンプ」で、『バクマン。』においても目標の達成を目指すなかで生まれるふたりの友情と努力、そしてライバルを上回るといった勝利が描かれる。ふたりは“いまどき”の学生であり、『まんが道』の時代から、漫画家が「少年漫画」の主人公たり得る時代になったことが印象深い。

『これ描いて死ね』

 そんななかで、最新の人気作である『これ描いて死ね』は、少し異質な漫画だと感じる。2022年12月現在の最新刊・2巻までのエピソードにおいて、「漫画家を目指す」という目標が明確に提示されていないためだ。

 本作の舞台は東京から南に120km離れた伊豆大島。漫画を読むことが好きな女子高生・安海相は好きな作家・☆野0先生が10年振りに新作を発表することを知り、東京で開催される同人誌即売会へ赴く。しかし☆野0先生は安海の通う高校の教師・手島先生で、安海は漫画を描く道を歩みはじめる。

 安海は手島先生のもとで漫画を描くこととなるのだが、手島先生は「『これ描いて死ね』などと漫画に命を懸けないこと」と助言する。手島先生は漫画家を目指し漫画を描きつづけるものの成果は出ず、家族への負い目を感じ、自ら命を断つことを考えた過去があった。ただ死ぬ前に自身の怨念すべてを乗せた漫画を描こうと思い立ち、その作品のテーマとして書いた文言こそ、安海への助言に含まれる“これ描いて死ね”である。

 時代を追って人気作を振り返ると、「漫画を描いて、発表すること」へのハードルが下がっているいまだからこそ、ある種の回帰のように「命がけで漫画と向き合う」ということがひとつのテーマになっているのが面白い。かつて漫画家を目指した人たちにも読んでもらいたい作品だ。

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