「哲学のノーベル賞」柄谷行人がバーグルエン哲学・文化賞を受賞 アジア人初の快挙
バーグルエン研究所(米国カリフォルニア州ロサンゼルス)は12月8日、バーグルエン賞審査委員会が、卓越した日本の哲学者、文芸評論家である柄谷行人氏を2022年のバーグルエン哲学・文化賞の受賞者に選出したことを発表した。
同賞は、急速に変化していく世界のなかでその思想が人間の自己理解の形成と進歩に大きく貢献した思想家に毎年授与されており、賞金は100万米ドル。アジア人初の受賞者となる柄谷氏は、哲学、文学理論、美学、言語学、経済学、政治、東洋と西洋、過去と現在を思想的に横断する稀有な思想家。同賞審査委員会は、「柄谷氏は現代哲学、哲学史、政治思想に対する極めて独創的な貢献をした。混迷するグローバル資本主義と民主主義国家の危機、めったに自己批判が伴うことのないナショナリズムの復活という今の時代において、柄谷氏の作品は特に重要である」として、同氏を選出した。
バーグルエン賞審査委員長のアントニオ・ダマシオ氏は次のように述べている。
「柄谷行人氏は、現代における最も注目すべき哲学者の一人です。彼は互酬性と公平性という概念が思想をつなぐ鍵として大きな位置を占める見事な思想体系において、民主主義、ナショナリズム、資本主義の本質を深く掘り下げる、哲学の新しい概念を生み出しました。柄谷氏の先駆的な業績と、彼が社会、政治、文化、経済の大規模な変化によって急速に変わりゆく世界のなかで、私たちが方向性と知恵を見出し、自己理解を深めることに貢献してくれたことを称え、それを広く知らしめることを喜ばしく思います」
バーグルエン研究所所長 ニコラス・バーグルエンは次のように述べている。
「柄谷氏のマルクス解釈においては、経済的な生産様式が他のすべてを決定する『下部構造』である、という考えは覆され、かわって、資本、国家、ネーションが混じり合って社会を形成するなかで絶えず変化していく『交換様式』が想定されています。彼は、現実から遊離した書斎の哲学者ではなく、彼が古代イオニア文化に見出したような互酬的なあり方の現代的な形態を、『アソシエーショニズム』と呼んで積極的に推進してきました」
柄谷行人氏は、哲学、社会科学、経済学、人権とグローバル ジャスティス、理論物理学などの分野で活躍する、世界最高峰の思想家を含む数百人の候補者の中から、第7回バーグルエン賞の受賞者として選出された。過去の受賞者はピーター・シンガー氏(2021年)、ポール・ファーマー氏(2020年)、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏(2019年)、マーサ・ヌスバウム氏(2018年)、オノラ・オニール氏(2017年)、チャールズ・テイラー氏(2016年)。
同賞は、2023年春に東京で開催予定のバーグルエン賞の式典で柄谷行人氏に授与される。受賞式では、BBCワールドサービスによる柄谷氏へのインタビューが行われ、同氏の業績と思想を紹介するラジオ番組のなかで、世界中に配信される予定だ。
■バーグルエン哲学・文化賞について
バーグルエン哲学・文化賞は慈善家のニコラス・バーグルエンが2016年に創設した賞で、第1回は異なる知的伝統と文明の間の理解を深め、人文、社会科学、パブリック アフェアーズ(企業の社会的・公的責任)に影響を与えたカナダの哲学者、チャールズ・テイラー氏に授与された。2017年は、市民生活の質を高め「public discourse」(公的な議論・対話)という言葉を広めた市民哲学者としての功績によりオノラ・オニール氏に授与され、2018年は人間の能力を考察し、道徳的・政治的生活における脆弱性、恐怖、怒りを探求する枠組みが評価された公共・道徳哲学者のマーサ・ヌスバウム氏が受賞した。2019年は、男女平等の先駆者であり法の支配を強化したライフワークが評価された、ギンズバーグ元米国連邦最高裁判事に授与された。世界的なパンデミックに見舞われた2020年は、世界的な公衆衛生の公平性を推進した功績が認められポール・ファーマー氏が受賞した。2021年は、動物の権利、効果的な利他主義、世界的な貧困撲滅のための倫理的枠組みを提唱した功利主義哲学者のピーター・シンガー氏が受賞している。
今年の同賞審査委員会は、アントニオ・ダマシオ氏を筆頭に、クワメ・アンソニー・アピア氏、ユク・ホイ氏、エリフ・シャファク氏、デイヴィッド・チャーマーズ氏、シリ・ハストヴェット氏、プラタープ・バーヌ・メータ氏、ワン・ホイ氏など、国際的な作家・思想家で構成され、 多様な研究分野からの最終候補者たちの中から2022年度受賞者が選ばれた。同賞を運営しているバーグルエン研究所は、知的な深みと、国や文化を超える長期的な社会的・実際的意義を併せ持った思想を展開する思想家の推薦を歓迎している。
■バーグルエン研究所(Berggruen Institute)について
バーグルエン研究所は、21世紀の基盤となる思想の醸成と政治・経済・社会制度の形成をミッションとして活動している米国のシンクタンク。大きく外に開かれ目的意識を持ったネットワークを活用した批判的分析によって、文化と政治の垣根を越えて最高の頭脳と最も権威ある知見を融合させることで、現代が直面している根本的な諸問題を探求している。同研究所の目的、それは世界中の社会の進歩と方向性に永続的な影響を与えるところにある。これまでに、バーグルエン研究所が始めたさまざまなプロジェクトは欧州の若年層の雇用計画の策定支援、中国の指導部と西側諸国のよりオープンで建設的な対話の促進、米国カリフォルニア州の投票イニシアチブ プロセスの強化を支援し、また世界中のソートリーダーの知見を集めてその考えを広く共有する新しい出版物「Noema」を創刊した。 これらに加え、バーグルエン研究所は独立した審査員の選考に基づき、人類の進歩につながる人間の自己理解を形成する思想を持つ思想家に、毎年バーグルエン賞と賞金100万米ドルを授与している。