戦争を知らない世代が記憶を紡ぐためにーー額賀澪×庭田杏珠『モノクロの夏に帰る』対談

自分と重ね合わせて想像できることが大事

――『AIとカラー化した写真~』にも書かれていましたし、『モノクロの夏に帰る』の中にもいろいろと反映されているようですが、庭田さん自身が広島で受けてきた「平和学習」について、少し話を聞かせていただいてもいいですか?

庭田:はい。私は2001年の生まれで、私のまわりというか広島で生まれ育った同年代の子とかも、私と同じように幼少期から平和教育を受けているんですけど、私の場合は、平和学習を取り入れている幼稚園だったので……。

――幼稚園から?

庭田:そうなんです。幼稚園の年長のときに、平和教育の一環として、みんなで広島の平和記念資料館に行ったんですけど、当時はまだ改装前だったから、被爆して肌が焼けただれた人たちのジオラマがあったりして、今の改装後の資料館と比べると、「悲惨さ」っていうことをメインに出した展示が多かったんですよね。それを見ていくうちに、もう怖いというか、受け止められないと思ってしまって……。

――幼稚園児ですもんね……。

庭田:そうなんです。そのあと私は広島市の小学校に入学したんですけど、その小学校でも毎年、平和学習の授業があって、そのときは広島以外のことも……私は対馬丸で沖縄から疎開する子どもたちのアニメ映画を、体育館でみんなと一緒に観たりしたんですけど、その映画がもう怖過ぎて。夜、眠れなくなってしまったりして、だんだん苦手意識が高まっていって、毎年、平和学習の頃になると体調を崩すぐらいになってしまったんです。

――そうだったんですね。

庭田:どうしたらいいんだろうって母親に相談したら、それは大人でも怖いことだから、小さい私が受け止めきれないのは当然のことなんだよって言われて。ただ、戦争体験者の方は高齢化していくし、その方たちのお話を直接伺えなくなるよっていうことも言われて……。「聞かなければならない」という義務感から、「聞いておこう」という意識に変わったんです。あと、これは本にも書いたんですけど、小学校五年生の頃に、戦前の中島地区と現在の平和公園が見比べられるようになっているパンフレットを手に取って、そのとき初めて、戦前には今の私たちと変わらない暮らしがあったんだなっていうことがわかって、それでイメージがガラッと変わったんです。今、中島地区は、平和公園になっているけど、かつては広島一の繁華街で、映画館があったり商店があったり、ホント今と変わらない日常があったのに、それが原爆によって一瞬にして失われてしまったんだっていう。そこで初めて「自分事」になったんですよね。

――なるほど。

庭田:ただ、当時は、それをどういうふうに自分が伝えていけばいいのかわからなかったし、「私は、どうしたらいいんだろう……」って思いながら、だったらそういう平和学習が盛んな中高に入学しようと決めました。中学三年間は、平和学習をする委員会がなかったので、普通に新体操部に入部して、バンバン部活動をしていました。

――(笑)。

庭田:(笑)。その後、高校にあがる段階で平和の取り組みをする有志の委員会があることを知って、そこに入ることにしたんです。その活動の中で偶然出会ったのが、私の本でも書かせていただいたように、原爆で家族全員を失った濵井徳三さんでした。濵井さんから、「今もどこかで家族が生きているんじゃないか」という想いとか、片渕須直監督のアニメ映画『この世界の片隅で』を何十回も観に行ったという話をうかがって、それなら濵井さんが大事に持っているモノクロ写真をカラー化してプレゼントしたいと思うようになりました。そこから私の「記憶の解凍」プロジェクトが始まったんです。

――そう、「AIを使ってモノクロ写真をカラー化した」と聞くと、AIが自動的にすべてをやってくれるように思う人がいるかもしれませんが、庭田さんの本に掲載されている写真は、AIで色付けしたあと、さらに資料的な裏付けや、写真を提供してくれたちの意見を反映しながら、さらに色を調整していって……。

庭田:そうですね。私の場合は、ひとりひとりに直接お会いして、お話をうかがうようにしていて。だから、AIでカラー化するのは、最初の下色づけ程度で、残りの9割は、全部手作業でやっているんです。他のカラー化写真とかカラー化映像と、私がやっているカラー化の大きな違いは、やっぱりその「対話」の部分があるかどうかなんです。AIで下色をつけたあと、当時の資料を入念に調べて色を補正して、そのあと当時を知る人たちと対話すると、「ちょっと違う」ってなる場合もやっぱりあるんですよね。そのときに、忠実に再現しようと思ったら、当時の資料の色を活かしたほうがいいんですけど、私の場合は、その戦争体験者の方の「想い」とか「記憶」を、このカラー化写真に込めたいっていうのがあるから、その方がおっしゃった色を、なるべく再現するようにしています。

額賀:庭田さんの本の冒頭に、徐々に色づいていく理髪店(※先述の濵井さんの生家)の写真が3枚連続で掲載されているじゃないですか。それを順番に眺めると、すごくよくわかりますよね。AIで色を付けただけのものは、まだちょっとモノクロの世界に片足を突っ込んでいるところがあるんだけど、対話を経て色補正した2枚目、そしてさらに対話を重ねて調整した3枚目を見ると、どんどん印象が変わっていくんですよ。単なる「昔の写真」ではなく、そこに映っている人の「顔」とか「表情」に、自然と目がいくようになって、感じるものがまた変わってくるという。そこがすごく面白いところですよね。

庭田:やっぱり、戦争というものを歴史上の出来事ではなく、自分と重ね合わせて想像できることが大事なのかなって私は思っていて。さっき挙げた映画『この世界の片隅で』は、主人公である「すずさん」にフォーカスして戦争が描かれていて……だからこそ、当事者の方々をはじめ、世界中の多くの人たちに伝わったんだと思うんですよね。

――最初のほうで庭田さんが言っていた「戦争の新しい伝え方」ではないですけど、その「伝え方」そのものが、いろいろと変わってきているんでしょうね。

額賀:戦争を実際に体験した方々にインタビューをして、当時のことを語ってもらうというのが、そろそろできなくなってくるじゃないですか。そういう中で、何か違う形を模索しようという動きが、今あちこちであるような気がするんです。今年の夏にNHKで放送されていた『新・ドキュメント太平洋戦争』は、当事者の方々に実体験を聞くのではなく、「エゴドキュメント」といって、当時の人の日記とか手紙を収集して、それをAIで解析するという面白いアプローチをしていました。何年にはこの単語が多かったけど、その次の年にはこのワードが増えていると分析していくことで、当時の「情況」みたいなものを浮き彫りにしていくっていう。そうやって、戦争に関するドキュメンタリーの作り方も、いろいろと変わってきているんです。

――戦争体験者がいなくなったあと、どのように戦争を語り伝えていくのか――それが喫緊に問われていることなのかもしれないですよね。おふたりの本も、そういった流れの中で捉えることができるように思いますが、ある種補完関係にもあるように思えるこの二冊を通じて、読者の方々にどんなことを感じてもらいたいと思っていますか?

庭田:過去の遠い出来事に対して、自分の想像力をどう働かせていくのかが、やっぱり私は大事だと思っていて。悲惨な写真や映像を見ることがいけないというわけではないんですけど、そこからは入っていけない人っていうのがやっぱりいて――特に若い世代は、そういう人が多いような気がするので、戦争が始まる前の日常とか、そういったところから現代の私たちと重ね合わせて、それが一瞬にして失われるというのは、どういうことなのかって想像するような。私の本も額賀さんの小説も、何か答えがひとつ出るようなものではなく、それぞれが感じ取ったこと、その思いっていうものが大事なんだと思うんです。その思いというものを、またそれぞれの人が、それぞれの形で発信していく。その受け取り手が、また次の発信者になるっていうことが、すごく大切なのかなと思います。額賀さんの小説は、まさに私たちの本を受け取ってくださって、それをまた新しい形で発信してくださっているものです。この二冊がまた、そういうひとつのきっかけになったら嬉しいです。

額賀:私はこの『モノクロの夏に帰る』に関しては、読んでこういうことを考えてほしいとか、あまりそういうことは考えてないし、読者に求めてもいないところがあって。自分が今まで見てきた戦争を描いた小説とか映画、ドキュメンタリーが、どんな内容でも、その最後に「さて、あなたは戦争についてどんなことを考えましたか?」という問いかけがくっついてくることが多いような気がしていて……。

――最後に感想を求められるというか。

額賀:そう、終わった瞬間に、誰かから感想を求められて、「戦争はいけないと思います。私たちは戦争をしないために○○を頑張っていこうと思います」っていう答えまで、固まりきっているようなところがあって。そういうものにはなってほしくないなって私は思っていて……だから、全部で四話ある中で、いちばん感覚として近いのは、第二話の終わりなんですよね。その話は、中学生の女の子たちが、戦争のことを学んで、その学ぶという体験の中で、ちょっとした人生の起伏みたいなものを経験して、それで夏休みが終わって新学期が始まっていくっていう終わり方してるんですけど、彼女たちがそのあと何かをやるやらないは、そんなに色濃く書かずに終えました。そのあと彼女たちが、平和活動に邁進するみたいな結論を持たせたくなかったんです。だから、質問の答えとしては、作者からこういうことを考えてほしいっていうことはないから、読んだ人が何かを思ったのならそれでいいし、何か思ったけれど、どうすればいいかわからないなって困惑したなら、それはそれでその困惑を大事に取っておいてほしいです。

■書籍情報
『モノクロの夏に帰る』
額賀澪 著
初版刊行日:2022年7月20日
判型:四六判
定価:1760円(10%税込)
出版社:中央公論新社

『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』
庭田杏珠/渡邉英徳 著
初版刊行日:2020年7月16日
定価:1,650円(10%税込)
出版社:光文社

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