付き合ったらアウトなクズ男と、バグった距離感ラブコメディ『踏んだり、蹴ったり、愛したり』

壱屋すみ『踏んだり、蹴ったり、愛したり』 シルフコミックス 1~2巻(KADOKAWA)


「おつかれ」「ありがと」

 カランと乾杯のグラスと氷の音が鳴る。仕事帰りに、ふらっと立ち寄れる行きつけのBAR。そこには細やかな気遣いに癒やされるマスターと美味しい料理。そして、隣には軽口を叩ける男がいる。週末はここで一杯飲まないと仕事が終わった気がしない、すっと肩の荷が軽くなったような気がして、また来週からも頑張ろうと思える。

 一度はこういう行きつけのBARがあったらいいのになぁ……と、どれだけ妄想したことだろう。自分のペースでゆったり浸れる空間。今回紹介する漫画『踏んだり、蹴ったり、愛したり』にもそのようなBARが出てくる。

 27歳、恋人はなし。激務に追われ、バリバリ働くアラサーOLの佳帆には唯一の楽しみがあった。それは、お気に入りのBARで知り合った三十路の泰(あきら)と週に何度か気兼ねなく楽しく飲むこと。泰はイケメンで甘いマスクの持ち主だが酒やたばこ、クラブ通い、女遊びもろもろ……付き合ったらアウトな男の特徴コンプリートだ。2人は傍からしたら付き合っているようにも見えなくもないが、お互いに恋愛感情はなく、よき友達として成り立っている。……と佳帆は思っていた、あの夜までは。

 一夜明け、泰とこうなるつもりはなくて、これからどうするかと頭を抱える佳帆。彼女の罪悪感や後悔、戸惑いとはうらはらに、泰からは「いいよ友達で」「またしよ」と軽くあしらわれる。そんな泰のバグった距離感や態度にまんまと流されてしまうわけだが、それから劇的に何か関係性が変わるわけでもない。佳帆の後悔を含むもやもやした気持ちは日に日に募るばかりで、泰には絶対に会いたくない、でもBARには行きたいという気持ちで、葛藤を続ける。

 しかし、絶対に会いたくないと思っているのに、行く先々でばったり。気づくと自然とまたいつものように軽口を叩いてしまう。一度目は偶然、二度目は必然、三度目は運命!四度目は……宿命???

「あんたには会いたくない でも店は行く」

 避けても避けても会っちゃうし、BARは好きだから行きたいし、でもあんたがいる。だから、諦めた。もうあいつに頭使うのやめよ……とバカバカしくなって、またBARに通い始める佳帆なのであった。

 大人になったからこそなのか、仕事ばかりで恋愛をないがしろにしてくると、あれ?恋ってどう始まるんだっけ?とか、友達と恋人の違い?付き合うってどんな感じだっけ?とはじめてなわけでもないのに距離感がバグった感じになるのは筆者もよくわかる。

 また、「軽口叩き合う男と女が見たいな……という気持ちだけで生まれた2人」だという作者の言葉通り、2人の関係性はなんだかんだといって居心地良さそうだ。一人で好きに過ごす時間が好きだけど、ずっと独りでいたいわけじゃない。過度に詮索もしない、でも無関心でもない。自分を飾らず、たまに冗談を言っては軽口を叩ける関係って大人になるとそう多くはない。

 泰の周りに女性が寄ってくるのも頷ける。都合のいいことだとわかっていても、その軽妙さと気の利いた言葉で安心するのだろう、どこか寂しく不安な人は。佳帆も鉄壁のスーパーウーマンに見せかけて隙があるところや、ほろりと出る弱音、甘えるのは得意ではないが、ときには素直な感謝の言葉も出る。どっちが魔性なのか。お互いに踏んだり蹴ったりしている、バグった距離感の2人の攻防戦は、まだまだ続くのであった……。

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