『鬼滅の刃』や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にも  漫画やアニメの聖地を造った建築家・辰野金吾の足跡

 文月晃の漫画『藍より青し』で主人公の花菱薫が、ヒロインの桜庭葵とともに生活する洋館「桜庭館」のモデルは、「旧松本家住宅洋館」である。福岡県北九州市の炭鉱王・松本健次郎の邸宅として完成した洋館で、内部のインテリアは当時流行したアール・ヌーヴォーのデザインが施されている。他にも、大阪市の中之島のシンボルである「大阪市中央公会堂」は小林立の漫画『咲-saki-』の16巻の表紙にも描かれているし、アニメ『スマイルプリキュア!』の中にも登場している。中之島には「日本銀行大阪支店」も現存し、辰野作品を巡るなら欠かせないエリアである。

大阪市中央公会堂は中之島のシンボルであるだけでなく、現在でも公会堂として使用されている

ランドマーク建築は辰野金吾の真骨頂

 辰野の作品が漫画に多く登場する理由は、「浅草国技館」や「岩手銀行旧本店本館」を筆頭に、地域のランドマークになる建築を多数手がけているためだ。岩手銀行は今や盛岡のシンボルとして欠かせない建築だが、辰野が好んで用いるドームの象徴性が高いためであろう。また、現代的な街並みの中で赤レンガの建物はとにかくよく目立つ。東京駅は周囲にどんなに高層ビルが建っても存在感では負けていないし、他の辰野作品もしかりである。

 辰野は生涯に渡って200件前後の建築を設計した。しかし、藤森照信が述べているように、同時代の建築家と比較すると決してデザインが上手でないといわれる。とはいえ、設計の上手さというのは、デザインの優劣だけで単純に語れるものではないだろう。辰野の作風は確かにぎこちないし、和風だったり、ルネサンスだったり、はたまたイスラム風だったりとばらばらである。だが、100年以上経っても地域に大切にされている作品が多いことからも、人の目を引き、愛される建築を造る才能は抜きんでていたと言っていい。

 そして何より、後世の漫画家やアニメーターがその作品を舞台にし、創作意欲をかき立てられ、素晴らしい作品を生みだしているのだ。様々な面で、日本文化に大きな影響を与えた巨匠と呼ぶにふさわしいだろう。

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