これは物語ではなく神話であるーー宮台真司が『進撃の巨人』を称賛する理由

主要キャラクターたちの設定 <閉ざされ>と<開かれ>

 『進撃の巨人』が成功した理由に、主人公のエレン、幼なじみのミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルトという三人の主要キャラクターの設定の妙がある。巨人の襲撃から市民を保護する名目で、エルディア国を取り囲んで設置された巨大な「壁」が内と外を分ける。当初、彼らはその外には社会はないと信じる。つまり「閉ざされ」の中にいる。

 エレンは、巨人に母親を食い殺された怒りに発した規範意識をベースに「なぜ腹のすわらぬヘタレのくせに調査兵団に文句を垂れる『クズ』ばかりなのか」と怒る。法にばかり敏感で、仲間を守るという掟に鈍感な、壁の内の「クソ社会」に対する敏感さに「開かれる」。そのぶん掟に「閉ざされた」存在で、最初はヒーローだが、後半にはヒールになる。

 近代はいずれエルディア国のようになることを、百年前に社会学者ウェーバーが予測した。エルディア国は僕らが生きる現実だ。言葉と法と損得に閉ざされた「クソ社会」。そこに生きる人々は法に「閉ざされた」クズ。エレンは掟へと「開かれて」社会を革命するが、境界線の外に気付いて以降、掟に「閉ざされ」、外を駆逐する「最終解決」を目指す。

 ミカサ・アッカーマンはエレンに惚れており、彼がやることなすこと全てを肯定して守ろうとする。吉本隆明で言えば、共同幻想と自己幻想を排して対幻想だけを生きる。実ることなき性愛的な関係に「閉ざされた」存在。相手のエレンは対幻想に閉ざされておらず、その非対称性が実りのなさを確定する。だからミカサは幸せではない。

 アルミンは一人、壁の外に憧れ、あるかもしれない「海」が見たくて調査兵団に入る。作品前半では規定不能性ゆえ存在しないも同然だった壁の外、社会を超えた世界(宇宙)へと「開かれた」稀有な存在だ。社会はコミュニケーション可能なものの全体。世界は総ゆる全体。ちなみにゲーデルは、世界が(二階の述語論理では)規定不能だと証明した。

(続きは『進撃の巨人という神話』収録 宮台真司「『進撃の巨人』は物語ではなく神話である」にて)

■書籍情報
『進撃の巨人という神話』
著者:宮台真司、斎藤環、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、後藤護、しげる
発売日:3月4日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
予約はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6204e94abc44dc16373ee691

■目次
イントロダクション
宮台真司 │『進撃の巨人』は物語ではなく神話である
斎藤 環 │ 高度に発達した厨二病はドストエフスキーと区別が付かない
藤本由香里 │ ヒューマニズムの外へ
島田一志│笑う巨人はなぜ怖い
成馬零一 │ 巨人に対して抱くアンビバレントな感情の正体
鈴木涼美 │ 最もファンタスティックなのは何か
後藤 護 │ 水晶の官能、貝殻の記憶
しげる │立体機動装置というハッタリと近代兵器というリアル
特別付録 │ 渡邉大輔×杉本穂高×倉田雅弘 『進撃の巨人』座談会

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