マウンテンボール、光の芸術、さとるボール……野球漫画の巨匠・水島新司が予見した魔球たち

 1月10日に亡くなっていたことが報じられ、角界から哀悼の声が相次いでいる野球漫画の巨匠・水島新司氏。実際の野球界にもさまざまな影響を与えており、高い先見性も再評価が進んでいる。

 例えば、水島作品に登場したオリジナルの「球種」や投球を見てみると、当時は漫画ならではの表現と捉えられていたものが、いまでは現実になったという事例が少なくない。本稿では、その例をいくつか紹介しよう。

マウンテンボール

 『大甲子園』で、徳川家康監督率いる室戸学習塾のエース・犬飼知三郎が見せた「マウンテンボール」。

 このボールは大きく空に放りなげ、打者の手元で落下しながらベース板を通過し捕手のミットに収まるというもので、「フライ投法」とも称された。審判はあっけにとられて「ボ…」と叫ぼうとしたが、知三郎から「ベース板を通過している」と指摘されると、ストライクと判定している。

 投じられた山田太郎があっけにとられたマウンテンボールだが、現実の世界でも登場している。元北海道日本ハムファイターズ投手で、2022年から同球団で二軍投手コーチを務める多田野数人氏の投球が有名だが、実際に高く遅く、そして山なりで投げるボールに目を奪われた経験のある野球ファンは少なくないだろう。

 多田野投手のマウンテンボールは「イーファスピッチ」や「多田野ボール」などと称され、外国人選手に投げることが多く、打者を打ち取ったこともあった。

光の芸術

 『ドカベン』に登場した、ブルートレインと同じ名字の選手が揃ったBT学園。有力な選手がおらず、ダラダラと試合をしており、序盤から明訓高校が有利に進め、楽勝ムードが漂った。

 ところが空が暗くなると態度が一変。走力で撹乱し、一気に逆転する。それでも明訓の強力打線なら楽に逆転すると思われたが、ここでエースの隼が投げたボールが、甲子園の照明を利用して一瞬ボールを消すという魔球だった。照明の光とボールが重なることで、打者の目から消えてしまうのだ。実況アナウンサーが「光の芸術」と呼んだこのボールに、明訓高校は手を焼いた。

 光でボールを消す、という現象を再現するのはなかなか難しいが、実際に同じような体験をしたこと明かしているのが、元東京ヤクルトスワローズの古田敦也氏だ。自身のYouTubeで、元広島東洋カープの広池浩司投手が広島市民球場で変化球投げる際、「スタンドを通ってくるからボールが見えなかった」と語っている。

 広池投手が意識をしていたかどうかは不明だが、「球場の環境を利用して球筋を見えなくする」というテクニックはそれなりに現実的で、「光の芸術」に通じるものがあるといえそうだ。

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さとるボール

 同じく『ドカベン』にて、アンダースローの里中智が信濃川高校との試合で親指を痛めた副産物として習得した変化球、さとるボール。親指の力を入れないのがポイントで、鋭く落ちるのが特徴だ。

 このさとるボールに極めて近いボールを投げていたのが、西武ライオンズの黄金時代を支えた押さえの切り札・潮崎哲也投手。一瞬ふわっと浮き上がり、そこから鋭く落ちるシンカーを武器に三振を量産し、「魔球」とまでいわれた。

 潮崎選手のシンカーも中指と薬指でボールを挟みで抜くというもの。その落差はさとるボールを上回っているという声もあるが、ボールの軌道などは「似ている」と見る人もいる。

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