追悼:水島新司が描いた『ドカベン』明訓高校×土佐丸高校での見事な作劇と野球の本質

 またひとり、漫画界の巨星が逝ってしまった。みなもと太郎、さいとう・たかを、白土三平、古谷三敏と、昨年の夏あたりから大物漫画家の訃報が続いているが、2022年1月10日、『ドカベン』などのヒット作で知られる、水島新司が肺炎のため亡くなった(享年82)。

 水島新司は、1958年に貸本漫画誌「影」に投稿した作品「深夜の客」でデビュー。デビュー後、しばらくの間は幅広いジャンルの作品を手がけていたが、野球の世界を描いた『エースの条件』(原作・花登筐)、『男どアホウ甲子園』(原作・佐々木守)などを経て、『ドカベン』(1972年連載開始)で大ブレイク。他にも、『一球さん』、『野球狂の詩』、『あぶさん』、そして、『大甲子園』と、数々の野球漫画の傑作を世に送り出した。また、2020年12月1日には、「漫画家引退」を発表していた(漫画家生活は63年!)。

 それにしても、スポーツ全般ならまだしも、「野球」というひとつのジャンルに絞って、これだけ数多くの作品を描けたことに何よりも驚かされる。さらにそのほとんどをヒットさせており――あだち充というもうひとりの怪物がいないわけではないが――水島新司の“偉業”は、もっともっと評価されていいと思う。

※以下、『ドカベン』の内容について触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)

『ドカベン』シリーズ屈指の名勝負とは?

 ちなみに、数ある水島作品の中から1作だけ選ぶとしたら、(月並みな答えで申し訳ないが)私は『ドカベン』を推す。特に、シリーズ中盤最大の山場ともいうべき、明訓高校と土佐丸高校による春の選抜の決勝戦は、少年漫画史に残る名勝負だと思うので、機会があればぜひ読まれたい(文庫版では第20〜21巻に収録)。

 反則すれすれの「殺人野球」を得意とする土佐丸高校の前に、明訓野球部は終始、苦戦を強いられる。エース・里中は指とヒジに痛みを抱えており、主砲・山田太郎は、敵チームのピッチャー・犬神の不気味な“戦術”の前になす術もなかった。おまけに、里中・山田のバッテリーの信頼関係に“亀裂”が入り始め……。

 それでも、破天荒なトリックスター・岩鬼や、天才・殿馬の活躍などもあり、明訓はなんとか1点を追うかたちで、9回裏の攻撃に挑むことになる。そして――ここからの展開がものすごいのだ。

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