【漫画】初めての一人暮らし、駆け出しイラストレーターの心情にSNSで共感の声 『もしもし早川さん』
ーー1人暮らしを始めたばかりのころの自由さや孤独、青さを丁寧に表現したお話だと感じました。『もしもし早川さん』を創作したきっかけを教えてください。
曽根愛(以下、曽根):『もしもし早川さん』は実家を出て自分が感じていたことを漫画にした作品です。1人暮らしを始めた頃から私はイラストレーターとして活動していましたが、周りの友人たちは一般企業に就職したり、結婚して家庭をもっていました。フリーランスで仕事をしている自分はどこのコミュニティにも属していないと感じ、孤独感や将来への不安を募らせていました。
当時は落ち込んだり暗いことばかり考えてしまう自分を肯定できずにいました。しかし、時間が経ってから悩んでいた頃の自分を振り返ると、ネガティブな感情は誰にでもあるものだと気づくことができたんです。そんな自分の体験を漫画にしてもいいんじゃないかと思い、このお話を描きました。
ーー作中で早川さんが電話している相手が誰なのか気になりました。
曽根:電話の声の主は「もうひとりの自分」なんです。早川さんのなかにはポジティブになりたい自分とネガティブな自分が共存していて、彼女はその狭間をさまよっています。
1人暮らしを始めたころの私もネガティブな気持ちになったとき、「もっとポジティブにならなきゃ」とつよく思っていました。そんな揺れる感情を表現するために、もうひとりの自分から電話がかかってくるという設定にしました。
ーー早川さんのお話は、同じアパートに住む住人の群像劇を描いた作品『坂の途中の小鳩荘』に収録されている1話だと伺いました。年齢も価値観も異なる住人たちのお話を描いたきっかけは?
曽根:過去に開催した個展で、イラストレーションと文章で架空のアパートの住人たちの生活を描きました。そのときは絵に添えた短文だったので原稿用紙1枚ほどのお話でしたが、たまたま個展を知った編集者の方からお誘いを受け、ストーリー漫画として描くこととなりました。
原稿用紙1枚ほどしかないお話を膨らませるとき、私自身がたくさん悩んだり考えたりする性格なので、自分を登場人物に反映しようと思ったんです。そのため小鳩荘の住人はコンプレックスを抱えていたり、過去の出来事に囚われていたり、周囲となじめないようなキャラクターになりました。
なにかに悩んでいたり、悩むことが良くないことだと思っている人。そんな人たちの心がちょっと軽くなればいいなと思って描きました。性格は変えられないけれど、ちょっとした気づきや周囲との小さな交流によって半歩くらい足を前に踏み出せたら。
ーー小鳩荘の住民に接する大家さんの存在が印象的でした。大家さんを描く際どのようなことを意識していました?
曽根:作中の大家さんは、わたしが以前住んでいた家の大家さんがモデルになっています。そこは大家さんの家がある敷地内に建てられた一戸建ての家でした。1階には別の方が住んでいて、わたしは2階の部屋に住んでいました。
1階と2階で玄関は別々にありましたし、階下の住人の方と直接的に関わることはありません。しかし大家さんはお庭でつくったお野菜を分けてくれたり、雨の日に洗濯物が干しっぱなしになっていると「洗濯物、取り込みましょうか?」と電話してくれたり。大家さんがお取り寄せした高級そうな牛乳を、私におすそ分けしてくれたりしてくれました(笑)。
自宅で仕事をする私にとって1人暮らしは気楽な反面、時に孤独で人と話せないのがしんどいな、と思うこともありました。だからこそ、大家さんとのちょっとした交流がすごくうれしくかったんです。作中に登場する大家さんは人の内面に踏み込むことはあまりしないけれど、常に住民の人たちをそっと見守ってくれるような存在感がいいなと思って描きました。
ーー曽根さんは今後どのような作品を描いていきたいですか?
曽根:最近になって「生きづらさ」という感覚や言葉が広く認知されていますが、私たちが子どものころはそんな言葉はまだ浸透していなかったと感じます。自分の感じている気持ちを表すものがないと、自身の感情の正体がわからず、心がモヤっとしてしまうと思うんです。言葉にすることが難しい感情を掬い上げて、作品として表現していきたいです。
また今回の作品とはタイプが違いますがコメディも好きなので、日常もののコメディマンガも描いてみたいですね。
■書籍情報
『坂の途中の小鳩荘』
著者:曽根愛
出版社:イースト・プレス
発売日:2021/4/19
https://www.amazon.co.jp/dp/478161969X