成馬零一 × 西森路代が語る、ドラマ評論の現在地【後半】:価値観が変化する時代、“物語”が直面する課題とは

現代の「正しさ」を請け負ってしまった野木亜紀子

野木亜紀子、海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ シナリオブック』(講談社)

成馬:『逃げ恥』のスペシャル(2021年)に対して批判的な意見が多く見られたのは、野木亜紀子作品の受け止められ方が変わりつつある気がしますね。逆に言うと、批判されるくらい作家としての存在感が大きくなったとも言えます。

西森:やっぱり、2021年に、優しくてこうであったらいいなという世界を書くと、余計にその中にある矛盾が目立ってしまうんじゃないかなって。2016年には見えなかったものが見えるようになってしまったんだなと。それこそ社会的なドラマに対しての解像度が上がる人は上がってしまった。それは、野木さんが、いろんな作品を通して見せてきたからこそでもあったわけなんですよね。他のドラマになにか違和感がある台詞があっても、スルーされてると思うんですよ。

成馬:『逃げ恥』自体が半分誤解によって支持されていたという側面もありますよね。 連続ドラマが作られた2016年当時は、あくまでメインにあるのは楽しいラブコメで、フェミニズム的な価値観は全面に打ち出されていなかった。対して、2021年のスペシャルドラマはテーマ性が全面に打ち出されているため、説教臭く感じる人や、扱っているテーマには同意するが、恵まれた立場にある人のファンタジーでしかない「現実には無理」という批判が出てくるのは、ある意味、ちゃんと観られていることの証明という気もします。

 おそらく野木亜紀子作品の中で一番バランスが良いのは『アンナチュラル』(2018年/TBS系)だと思うんですよ。一方で彼女には『獣になれない私たち』(2018年/日本テレビ系)のようなハードな路線もあるのですが、視聴者に圧倒的に支持されているのは『アンナチュラル』の路線ですよね。TBSで作られた『逃げ恥』『アンナチュラル』『MIU404』の路線って、作家個人の意思を超えて、作品の根底にある「正しさ」を求める視聴者がSNSでシーンを盛り上げてきたところがあるので、そういった時代状況も含めて語らないといけないのが、難しいところですよね。

西森:たしかに。社会が変わっていってる感じがね。昔だったら「問題提起をよくしてくれた」って感じだけど、今はそれじゃもう「ただ羅列してるだけ」って言われてしまう。もちろん、野木さんの昨今の作品は、『MIU404』なんかを見ても、そういうことから前に進んでるんですが、『逃げ恥』は2016年の作品の続編だし、制作側も当時の気分を残したまま作ろうとなるのは当然のことで。

成馬:同時にテーマ主義的に、今の時代の正しさを示そうとする中で、野木亜紀子自身が切り捨ててしまったことも、いくつかあったと思うんですよ。

西森:今日、そればっかり言ってますが、矛盾したことを隠さずに書きながらじゃないと、ただ単に望ましいものを書くだけではもう難しくなってるんじゃないかなというのが実感ですね。『逃げ恥』への正しさへの期待みたいなものが大きすぎて、その中にある個人の矛盾を視聴者が受け入れられなくなったのかなとも思うんです。

成馬:時代の要請もあったと思うのですが、作家として「正しさ」を引き受けてしまったことの不幸を野木亜紀子には感じるんですよね。だからこそ、今のテレビドラマを論じる上で欠かせない脚本家になったことは間違いないのですが。

西森:そうだと思います。けっこうこれって、自分にも重なるところがあるし、もちろん野木さんも感じてるかもしれなくて、今後の作品にも表れてくるかもしれないと思うんです。ちょっとでも「あれ?」って思わせてしまうと、正しくないじゃんって言われてしまう可能性がある。それこそ、「殺気」の話みたいなもの、社会にまだ現存する違和感や本音みたいなものを入れてかないと逆に批判されてしまう可能性がある。矛盾した個人の思いを描くことで、本質にも触れてるみたいなものが増える感じはするんですよね。それが100%いい表現なのかどうかはわからないんですけどね。

成馬:本でも書いたのですが、2010年代後半のテレビドラマは、現実にどれだけ近いかを競うゲームみたいになってしまったところがあると思うんですよ。ポリコレをベースにした現代的な「正しさ」を提示することはもちろん、現実の出来事を忠実に再現することが一番の正解となったときに、それを踏まえた上で虚構(フィクション)は何を示せるのかというテーマが宮藤官九郎を筆頭とするドラマ脚本家が追求するようになった。『シン・ゴジラ』風に言うと「現実 対 虚構」ですよね。その時に野木亜紀子は「正しさ」を引き受けることで最前線に躍り出たのだと思うんですよ。でも『MIU404』の終盤を見ていると、そんな彼女ですらどこか戸惑っているように見える。コロナ禍の影響もあったと思うのですが『アンナチュラル』に比べると『MIU404』は歪な作品で、最後に対決する犯罪者の久住(菅田将暉)の描き方には作り手の迷いが伺える。でも、その迷いがあるからこそ、あの作品は魅力的だったと思うんですよ。だから現代的な「正しさ」を踏まえた上で、次は何を書くのかというところに、もう来ているのかもしれないですね。

■書誌情報
『テレビドラマクロニクル 1990→2020』
著者:成馬零一
発行:PLANETS/第二次惑星開発委員会
価格:3,500円+税
https://wakusei2nd.thebase.in/items/43211263

『「テレビは見ない」というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』
編著者:青弓社編集部
出版社:青弓社
価格:1,800+税
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787234865/

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