『響け!ユーフォニアム』中川夏紀はなぜ部活を辞めなかったのか? “凡人”の深い悩み

代替品がそこら中にあふれてる

 夏紀は凡人だ。同学年のみぞれのように音楽の才能があるわけではない。希美のように人望があるわけでもない。特別な存在になりたいと願っているけど人一倍の熱意を持っているわけでもない。

 夏紀はギター奏者であることが本作で明かされる。ギターは中学時代から続ける趣味だ。プロになろうとも、なれるとも思っていない。ギターは好き、だけどそれだけ。それはとてもありふれたことだ。彼女は常に特別な才を持った人と自分を比べていた。後輩のコントラバス担当の川島緑輝(さふぁいあ)に、夏紀はゾッとさせられたことがあることが描かれる。コントラバスは吹奏楽の中では珍しい弦楽器だ。緑輝は演奏会でギターを演奏したことがある。コントラバスと同じ弦楽器だからよくやらされるのだと緑輝はこともなげに言うのだが、その腕前は夏紀がゾッとするほど巧かったのだ。自分はギターでも全く特別になれないことを夏紀は痛感しただろう。

 なぜ、音楽をやるのか。才能がある人間なら、その才能を生かすためと答えるだろう。情熱がある人間なら、好きだからと答えるだろう。だが、どちらは中途半端な夏紀のような人間はなんと答えたらいいだろう。

 容易に答えが出せないからこそ、凡人だからこそ、その悩みは深くなる。「自分が凡人だということに、夏紀はうすうす気づいている。天才にもなれず、変人にもなりきれず、特別に憧れを抱きながらも普通の生き方を選んでしまう(p.188)」のだ。

 夏紀には中学時代から好きなバンドがある。そのバンドのデビュー曲の一節「代替品がそこら中にあふれているのに、自分を大事にする意味ってなんだよ(p.148)」は夏紀の悩みを象徴するフレーズだ。

 特別な人が周囲にいるからこそ、夏紀は一層自分を凡人だと思わざるをえなくなる。例えば、鎧塚みぞれのような音楽の才能にあふれたものが同学年にいる。武田綾乃は、夏紀とみぞれを比較してこんな風に描写する

「もしも自分の背中から翼が生えたって、夏紀はきっと空を飛べない。屋上の柵にもたれかかって、脚を伸ばして、それで終わりだ。だが、みぞれは違うのだろう。彼女はためらいなく空へと飛びこむ(p.188)」

 だから、夏紀は「飛び立つ君の背を見上げる」ことしかできない。

ただ1人のための特別な存在になれるなら

 夏紀は、繰り返し「いい人」と周りから評される。「いい人」とこのシリーズで聞くと身構えてしまう。なぜなら、「優しいなんて、他にとりえのない人に対して言うセリフ」という、多くの人の心をえぐるフレーズが登場したこともあるからだ。「いい人」も同じようなものだろう。「いい人」という高評価は夏紀の凡人であることに裏付けになってしまっている。「いい人」なんて代替品がそこら中にあふれている。でも、夏紀はそんなことにいら立つほどに子どもでもなければ、情熱があるわけでもないのだ。

 しかし、ただ1人、夏紀に対して「そもそもアンタ、そこまでいいヤツか?(p.287)」と言い放つキャラクターがいる。吉川優子だ。『飛び立つ』は、夏紀と優子が仲間内の卒業パーティでツインギターでコンビを組むエピソードが中心となっている。優子は夏紀に対してこう言う。

「いくらでも代わりがいるなかで、うちはアンタを選んでこうやって一緒にいるわけ。代わりがいないからじゃなくて、代わりがいくらあってもアンタを選ぶ(p.289)」

 特別な人間になれなかったとしても、だれか1人にとってのかけがえのない存在にはなれる。夏紀はこう言われた時、ようやく肯定できる自分を見つけたのだ。自分は凡人で、飛び立つ特別な人々の背を見上げるしかなくても、だれかにとっての特別でいられるなら、心から笑顔で見送ることができる。表紙の夏紀の笑顔は、そんな晴れやかさに満ちた笑顔だ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■書籍情報
『飛び立つ君の背を見上げる』(響け!ユーフォニアムシリーズ)
著者:武田綾乃
出版社:宝島社
価格:本体1,500円+税

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