『鋼の錬金術師』アルフォンスが旅の終わりに手に入れたものとは? エドとの関係から読み解く
2001年から約10年にわたって『月刊少年ガンガン』で連載された荒川弘『鋼の錬金術師』。アニメ化だけではなく、実写映画、ゲーム、ドラマCDとさまざまなメディアミックスもなされ、多くのファンを魅了した。
主人公であるエドワード・エルリックと共に旅をするのが、弟のアルフォンス・エルリック(通称・アル)だ。失われた肉体を取り戻すための旅の中でアルが得たものとは一体なんだったのだろうか。
兄とは正反対の温和な弟の役割
幼いころに家を出て行った父親との思い出はほぼない。だから、アルの世界を構成する大半は母親とエドだった。しかし母親は流行病でこの世を去り、それからはエドと共に錬金術に全てを捧げ、人体錬成によって母親と再び出会えることを信じていた。
しかし、人体錬成は失敗。代償としてアルは肉体全てを奪われることとなった。エドが右腕を対価に取り戻したのはアルの“魂”だけ。魂はエドによって鎧に「定着」させられ、一命を取り留めた。鎧は動くが中は空っぽ。だから、食事や睡眠は不要だし、疲れも痛みもない。
ケンカっぱやく人の好き嫌いも激しいエドに対し、アルは穏やかで誰に対しても柔和だ。これは、人体錬成以前からのもので、そばにエドがいたからそうなのか、もともとの性格なのか。いつもさりげなくエドのフォローをしてその場をおさめる。時にはエドの言動にツッコミを入れて軌道修正するところもある。2人一緒にいて、ちょうどバランスが取れている。
兄と同じでしばしば大胆な行動に出ることがあるが、それは元来の性格というよりは、「兄さんは放っておいたら何をするか分からない」という不安があるからかもしれない。エドは自分がひとりになることよりも、アルがひとりになることに常に恐れを感じていたように見えたが、アルは自分がひとりになることと、エドがひとりになることに対しての恐怖がせめぎ合っていたように見える。
肉体がないことへの不安感
「アルの肉体を必ず取り戻す」。エドの想いに揺らぎはなく、第一優先事項だ。アル自身は、自分の肉体を取り戻したいし、できることならエドの右腕と左足もと思っていた。しかし、アルの気持ちは揺らいだ。
自分と同じように鎧に魂を定着させた「ナンバー66」と戦ったときに、アルはこんな言葉を投げかけられる。
「その人格も記憶も兄貴の手によって人工的に造られた物だとしたらどうする?」
その言葉にアルのアイデンティティが揺るがされた。自分は本当に、アルフォンス・エルリックなのか。実態はない。記憶と、自分の意思によって動く鎧があるだけ。どうやって自分が本当に存在した人間だと証明できるのか。自問自答を始めたところで答えは見つからない。
アルはその葛藤をエドにぶつけるが、エドは怒らなかった。エドは、アルを「こんな体にしてしまった」自分のことを恨んでいるのではないか、と恐れていたから。そんなエドの心を代弁したのは2人の幼なじみウィンリィだった。
「自分の命を捨てる覚悟で偽物の弟を作るバカがどこの世界にいるってのよ!!」
客観的に考えればその通りだ。しかし、自分の実態がなくあるのは魂と記憶だけなんて、心許ないに決まっている。それが「子ども」ならなおさらだ。