婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

婚活のためにメイクや服装を変える必要はある? 『婚活迷子、お助けします。』第二話

 橘ももの書き下ろし連載小説『婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳』は、結婚相談所に勤めるアラサーの仲人・結城華音が「どうしても結婚したい!」という会員たちを成婚まで導くリアル婚活小説だ。第二回では、仲人として結城華音を指名する女性・中邑葉月が結婚相談所「ブルーバード」を訪れる。中邑葉月は“婚活”を意識した服装で事務所に現れたが……。

第一回はこちら

結婚相談所「ブルーバード」の日常

 小柄の、プロレスファンの女性仲人さんを希望。の一文を所長に見せられたとき、ふだんあまり表情を変えることのない結城華音もさすがに眉間にぐっと皺が寄った。

「怖いよ、結城さん。怖い、怖い」

 と、所長の紀里谷勉が苦笑する。50歳をすぎた男性にしては柔らかくて甘さのある紀里谷の声で指摘されると、華音はいつも妙にはっとしてしまう。すみません、と眉間を中指でぐりぐり押して皺をのばすと、所長のパソコンに顔を近づけ、その一文を読み直した。その姿に紀里谷は、苦笑をさらに深めた。

「何度読んでも、文章は変わらないよ」

「それはわかってますけど。でも……なんで?」

「さあ。この中邑葉月さんって方、心当たりない?」

「ないです。こんな特徴的なお名前、いちど見たら忘れません。……誰か、知人からのご紹介でしょうか」

「だったらこんなまわりくどい言い方せずに、名前で指名するんじゃない。あ、そっか。うちの会員さまから聞いたのかも。『うちの結婚相談所にプロレス好きの仲人さんがいてね、めっちゃ親切にお世話してくれるの~♡』みたいな」

「……その場合も名前は聞くんじゃないですか」

 誰を想定したのか知らないが、声のトーンを2つも3つも高くして体を揺らした紀里谷に、華音は逆に声色を低くする。仲人として結婚相談所「ブルーバード」で働き始めてから4年近く。経験上、会員つながりであれば紹介主からも華音に連絡がくるはずだ。とくに優待や割引をもうけているわけではないのだけれど、他人にすすめるほどブルーバードを信頼してくれている会員とは、ビジネスを超えた関係を築けていることが多い。「私の友達から連絡いくと思うからよろしくね!」とフラットなLINEがたいてい届く。けれどその疑問を見てとった紀里谷は、まだまだだな、というように肩をすくめた。

「みんながみんな、婚活していることを公表しているわけじゃないでしょ。ましてや結婚相談所に申し込むなんてがっついてるみたいで恥ずかしい、友達にだって言えない、って人はたくさんいるよ」

「ああ、そうか……そうですよね」

「まあ、利用者は増えているし、だいぶカジュアルにとらえてくれる人も今は多いけどね。僕なんかはがっついていたとして何が悪いの、就活のときはみんな手あたり次第に履歴書送ってたでしょ、って思っちゃうけど、そのへんはなかなか難しいからなあ」

「深澤さんにも言われました。婚活と就活はちがう、って」

 華音の言葉に、紀里谷の口元がほころぶ。

「“さま”から“さん”になったね。だいぶ雪解けは近づいた?」

「少しずつ、ご自身のお話もしてくださるようになりました。先日、お洋服を買いに行かれたみたいで、店員さんに撮ってもらったお写真に感想がほしいってLINEが送られてきましたよ。白のニットにベージュのスカートをあわせていて、首元もVではありませんがやや開いたもので、ずいぶんと雰囲気が変わっていました。髪をおろして巻いたのも大きいと思いますけど」

「へえ~! 見せて、見せて。……わ、ほんとだ。かわいいねえ! これ、もしかしてメイクも変えたんじゃない?」

「……らしいですね」

 華月のスマホを覗きこんで、やはりきゃっきゃと声を弾ませる紀里谷の洞察力に、さすが、とうなる。雰囲気が柔らかくなったな、とは思っていたが、華音は表情と服装にしか目がいっておらず、深澤香織から申告されて初めて、アイシャドウやチークの色も変えたことに気がついた。それくらいナチュラルな変化だったから、深澤も素直に受け入れられたのかもしれない。

「なじみの美容室に、全部お任せしてみたって言ってました」

「長いおつきあいだって言ってたよね。さすがプロ。魅力の引き出し方がわかってる。これで写真を撮りなおせば、申し込みも増えそうだね。うん。僕も改めてお相手を探してみる」

「ありがとうございます。お願いします」

 ブルーバードの会員数は100名強。規模が大きいとは言えないが、全国の仲人が登録するいくつかの連盟に加盟しているので、よその結婚相談所と連携をとってお見合いを組むことができる。くわえて紀里谷は、そのフットワークの軽さとコミュニケーション能力の高さから、個人的な仲人の集いをいくつも結成し、プロフィール交換の場をもうけることで出会いのチャンスを広げていた。写真の印象だけで敬遠されている深澤香織のことがよほど気がかりだったのだろう。さっそくiPadをたちあげ、誰に相談しようかと検討し始めている。

「あ、そうそう。この中邑さん、今日の14時にいらっしゃるから。席にいてね」

 華音はうなずいて、自分の席に戻ると――といっても所長のデスクの目の前だが――自分のiPadを起動させる。今日のランチ休憩は12時半からの1時間にするとして、業務時間は2時間余り。今日も今日とて、仕事は山積している。お見合いした相手ともう一度会いたい32歳女性には、残念ながら先方からお断りが届いていることをお知らせしなくてはいけないし、人柄はいいのに女性についての理解が低すぎるせいか、初回のお見合いで断られ続けている28歳男性とは、いちど会って話をしなくてはいけない。2年半の在籍でようやく本交際にこぎつけた47歳男性の、プロポーズに関する悩みはメールで答えるのがいいだろうか、電話がいいだろうか。迷える会員たちから届いているメールやLINEの数々を、華音はくまなく読み込んでいく。

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