『SCHOOL OF LOCK!』が癒した震災の傷跡 プッシュプルポット 山口大貴×グランジ 遠山大輔、“ひとり”に届ける責任と決意

プッシュ山口×グランジ遠山 対談

遠山「怖いことだなって俺は今でも思う」ーー対一人に言葉を届ける責任の重さ

グランジ 遠山大輔

遠山:我々の出会いは『SOL』になるわけだけど、プッシュプルポットとしてたくさん曲を作ってる中で「光」(2025)という楽曲をTOKYO FMから全国に向けて届けた時、俺はradikoでリアルタイムで聴いてたの。それを聴きながら……それこそ“叫ぶ”という言葉も入ってるし、未来の鍵を握る“ラジオの中の学校”で10年間ずっと叫び続けてきて、『SOL』をやってきて心から良かった、ってまず思ったわけ。

山口:え~!

遠山:2時間の番組が終わった後にどこかの1人が「なんか面白かったから明日も聴いてみるか」って思ってくれさえすればいい。そのために俺はやってた。「光」という曲を聴いてしっかり届いてたんだなって、俺にとっては証明になった。嬉しかった気持ちを直接、ちゃんと伝えたいなとずっと思っていて。

山口:家の真っ暗闇(な部屋の中)で曲を作っている時、いつか遠山さんが聴いてくれたらなんてことは全く考えずに自分の等身大で書いたものが届いたことがメチャクチャ嬉しい。けど、リスナーとして聴いていたラジオから遠山さんに届いたのも何か不思議な感じですね。

遠山:俺たちが思っていることを音楽で描き切ってくれたの。2時間の生放送をやって、あの言葉はいらなかったなとか、全然うまくいかないって時もある。そういうモヤモヤとかを「光」という曲が一撃で表してくれて「よし、明日もちょっと頑張ってみるか!」って思うヤツが絶対にいると思えたし、そういうことがいっぱい続いていけばいいなって心から思った。ラジオを通してじゃなくてもいい、「光」っていう曲を聴いて「じゃあ受験頑張ってみるか」でもいい、「『光』があったから頑張れました」っていうヤツが大人になって、その気持ちをまた誰かに渡し続けていったら、それは幸せだよ。

山口:そうですね、バトンがうまく渡っていけたらなとは思ってますね。

遠山:ラジオ1つで人を動かす、って我々からしたらおこがましいけども、気持ちや心が動いて、行動に移して何かを生み出す。それで周りを照らすようなことをしてるのはすごいよね。ラジオでも特に『SOL』ってメチャクチャ特殊な場所で、1人に向けて言葉を発することって思っていてもやっぱりできなかったり、結構怖いことだなって俺は今でも思う。責任もあるし、果たして俺が責任を背負えるのかとか思ったりもするわけ。

山口:自分はバンドをやっていて、ライブでもたくさんの人に届いて欲しい、みんなに届けたいって思う時期はあったんですよ。でもどうもスッキリした気持ちがないというか、俺は誰のために歌を歌ってるんだろうみたいに思ったりもして。1人に向けて歌うとかラジオで喋るとか、それって一緒なんだなって感じました。

遠山:僕もメチャクチャ悩んだし言われて確かにそうだなと思ったのは、逆電(話)でリスナーと話しながら例えば俺が「乗り越えていけ」って言ったとする。北海道で聴いてる人は「そこ乗り越えちゃダメだろ」って思うかもしんないし、高知で聴いてる人は「とーやまの言う通り、行け行け!」って思うかもしんない。他の人がどう思うかってことばっかり気にしちゃって、それが全部ノイズになってたの。自分のことを第一に考えて、俺が批判されたくないって。

山口:あぁ~、なるほど!

遠山:でも電話で喋ってるその子が「ありがとうございます」って言ってくれたら他はマジで関係ないし、全国で聴いてる他のみんなが今のは絶対に違うと思ったとしてもその1人がいいって言ってるならそれでいい、って強く覚悟を決めた感じで。ソイツが良ければ俺がどんだけ周りに何か言われようが関係ないっていう強さを手に入れるのに時間がかかった感じだけども、岩手にいた山口少年の元にも届いていたのであれば、こんなにやって良かったと思う日はないってこと。

プッシュプルポット 山口大貴

山口:カッコいいですね、メチャクチャ。俺はライブをやる時、結構キョロキョロしながら歌うんですよね。どんな顔してるのかなとか見ながら、泣いてる人いないかなとか嫌な顔してる人いないかな、とか。みんな笑ってるのに1人だけ泣いてるとか、そういう中(=全体)からその泣いてる人に向けて歌う、そういう形が僕は多いですね。

遠山:へぇー、そうなんだ!

山口:毎回できるわけじゃないし、呼んでくれたイベントの人(のこと)を考えたりする時もあるけど、自分がいいライブができてる時ってやっぱ、そういう具体的な誰かがちゃんといる時で。いない時って本当に自分の中で腑に落ちない、すっきりしないというか。

遠山:それって曲を作る時はまた違う?

山口:もちろん誰か(を思い浮かべて)というのもあるし、“ライブに来てくれる人”みたいにざっくりとした捉え方も、どっちもありますね。でもやっぱ、自分の中でいい曲だなって思う曲は具体的な誰かがちゃんといますね。“君たち”より“君”の方がいいですし。

遠山:(大きな声で)うん、『SOL』でも本当にそれなんだわ。今の時代的に“お前”って言うのは憚られるけど(一同笑)、あの当時は原稿にも書いてたし『SOL』では“お前”って言ってた。でも俺は最初“お前”って言うのも疑問だった、何で全国のみんなが聞いてるのに“お前”、1人に対して言うんだろうって。

山口:確かにそうですよね。でも大事にし過ぎるがあまり、曲の中で“君”って言い過ぎちゃうところもあるんですよね。これは君に言ってるから! みたいな感情が自分の中にあって、ちゃんと伝わってるか歌詞を書きながら心配になるというか。

遠山:ちょっと根本的な質問だけど、なんでそこまでして“君”に伝えたいんだろう?

山口:いい曲とされる曲ってもうAIでも作れるじゃないですか。だから“誰が歌うか”、俺が歌う必要がある曲が大事だと思っていて。自分が結構寂しがり屋でもあるし、味方でいてくれたりそばにいてくれる人、聴いてくれる人のことをちゃんと歌いたいなと思って“君”を入れたりしてますね。

遠山:それはプッシュプルポットが始まった時からずっと一貫してる?

山口:そうですね。歌ってる時の景色で“君”がいないと俺は何を歌ってんだろう、カラオケを歌ってる感覚というか、気持ちがこもんねえなみたいなのがあって。(誰かを)思っていないことを歌うのってただ歌ってるみたいな感じでそれが嫌なんですよね。ライブでも絶対に出ちゃうんですよ。うん…だから今回の作品は具体的な誰かが多いかもしれないですね、いっつもライブに来てくれる目の前の人が。

遠山:メチャクチャ嬉しいだろうね、そう言われてる側だとしたら。

山口:“君”が(歌詞としては)出てこない曲もあるんですけど、自分に書いてる歌だから歌っていて感情も乗せられるというか。俺自身がこういう人間だからこそ、こういうことを言われたいとかこんな言葉をかけてほしいっていうのを自分自身に歌う。それも多いかもしれないですね。

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