くじら「この道を正解にできてよかった」 自分を見つめ直した半年間、新曲「25-26」で踏み出す新章の決意

 yama「春を告げる」、SixTONES「フィギュア」、Ado「花火」など、多数のヒット曲を生み出してきたクリエイターであるとともに、シンガーソングライターとしても2022年のアルバム『生活を愛せるようになるまで』以降、精力的に活動を展開してきたくじら。ここ1、2年はアニメや映画のタイアップなどにもアグレッシブに挑戦してきた彼から、久しぶりの新曲が届いた。

 タイトルは「25-26」。これはくじらにとって新たな始まりの1曲だ。自身の根本、音楽が生まれてくる瞬間を改めて見つめ、くじらとして歌うべきことの核は何なのかを考え抜いた末に生まれた、名刺であり、看板であり、ステートメントでもあるこの曲とともに、くじらの新章が始まっていく。(小川智宏)

削ぎ落とされて、はじめて見えた自分自身

――初めて自分で歌唱したアルバム『生活を愛せるようになるまで』をリリースしてから約4年。コンスタントに作品をリリースしてきましたが、この半年くらいは少し活動をペースダウンしていましたね。

くじら:今回「25-26」を出す前、「我がまま」(TVアニメ『先輩はおとこのこ』オープニングテーマ)という曲をアニメタイアップで出させてもらって、その後に「いのちのパレヱド」「ウイスキー頂戴」という曲が出してから、半年くらい活動をストップしていた感じでした。

――それは何か理由があったんですか?

くじら:『生活を愛せるようになるまで』まではマイナスの力で音楽を作っていたんですけど、あのアルバムから『野菜室』、「我がまま」ぐらいまでは、音楽が楽しくて。一緒にやってくれる仲間もできて、プラスの力で自由に音楽をやっていたんです。でもそうしていくと、だんだん書きたいことがなくなってしまっている自分がいたんですよね。そのプラスの力が完全に途切れてしまったんです。明確に数字を狙おうとみんなで作ったのが「ウイスキー頂戴」だったんですけど、全然跳ねなくて。これが思ったようにいかないのであれば、根本からやり直す必要があるなっていう。

くじら - ウイスキー頂戴

――でも、そうやっていろんな人と関わりながら、くじらさんのおっしゃるプラスの力で音楽を作っていく中ではそれなりの手応えや実感を感じてはいたんですよね。

くじら:手応えはめちゃくちゃあって、満足感もすごくあったんです。でも、たぶん自分は「音楽をやりたい」っていうより、「幸せになりたい」、そのために音楽をやるっていう部分が大きくて。自分にとってライブをやってたくさん人が来てくれて、じゃあ「次の曲何しようか」みたいな状態って、もう“完成”なんですよ。幸せが完成してしまっている。そうすると書くことがなくなってしまうんですよね。目的が達成されてしまっているから、目的のための手段を取る必要がなくなってしまい、その結果、書く必要がなくなってしまったっていう感じでしたね。

――なるほど。

くじら:それと、ちょうど「ウイスキー頂戴」の次の曲をレコーディングしようっていうタイミング、去年の今頃ですけど、レコーディングが上手くいかなくなってしまって。鼻声で声が使い物にならなくて、ケアしつつやっても全然上手くいかず、病院に行ったら慢性上咽頭炎という、喉と鼻の一番奥のところが常に腫れている状態だと言われたんです。たぶんその前から1カ月に1回ぐらい風邪をひいていたのが原因なんですけど、声が思うように出ないから曲も作れないし、歌えないし、喋ってる感覚もすごく変だし、思いっきり笑えない。そういう状態になってしまって。

――そうだったんですか……。

くじら:しかもこの病気、半年間、毎週1、2回病院に通っても治る確率が50%って言われて。今までそんな経験がなかったので、一生歌が歌えないかもしれない、レコーディングができない可能性が急に現実になって、音楽が自分から剥奪されてしまった感覚になったんです。自分が歌を歌えないっていう時間からすごく逃げたいっていう気持ちになり、映画とか漫画とか、いろいろなものを見たり、本をめっちゃ読んだりしていました。その間、「この先活動をどうしたらいいか」みたいな話もしていく中で、以前の「マイナスで書いているときの状態」に戻っていって。簡単に言うと、贅肉が削ぎ落とされた状態になって、「自分ってどういう人間なんだろう」というのをすごく掘るようになったんです。

――そういう状況に予期せぬ形で襲われてしまったというのは、くじらさんにとってはどういうものでしたか? 絶望しかないという感じだったのか、それとも何らか希望も感じていたのか。

くじら:絶望しかなかったです。「この期間を糧にできる瞬間がきてくれ」と思ってはいたんですけど、3カ月ぐらい病院に通ってもまったく治らないみたいな状態だったので、だんだんそういう希望もなくなってきて。でも、そのときに、いろいろ今につながるものが出てきた感じはします。

――映画を観るにしても漫画を読むにしても、そういうものも今までくじらさんは音楽にしてきたわけじゃないですか。その出口が見えないまま、50%の可能性の中でそういうものに触れ続けるっていうのは、クリエイターとしてはかなりタフなことだったでしょうね。

くじら:だから、クリエイターって自覚がなくなりました。めっちゃ普通の人になった感じというか。クリエイターとたくさん触れてると「自分もクリエイターなんだ」みたいな気持ちになるんですけど、あまり人とも会わなかったので。

――そのクリエイターとしての、“贅肉”を削いでいったときに見えてきた自分っていうのはどういうものだったんですか。

くじら:簡単に言うと、自分にとってコミュニケーションだと思っていたものが、実は2種類あることに気づいたんです。一方的なコミュニケーションと、双方向的なコミュニケーション。自分が得意なのは一方的なコミュニケーションで、双方向的なコミュニケーションっていうのが苦手で。というのも、お互いがまず人間同士であるということにおいて“対等”な状態で発言し合うということをやるには体力がいるんですよ。僕、体力がめちゃくちゃないんです。学校の持久走も毎年ビリだったんですけど、そういうことを思い出しながら、僕はたぶんいろんなことが体力がないというところからスタートしてるなって気づいて。体力がないから人と喋りたくないし、人と喋りたくないから、バンドじゃなくてひとりで音楽をやる道を選んだんだろうし。体力がないから普通に働かず、不労所得がいいなってずっと思ってるわけで。体力がない、双方向的なコミュニケーションが苦手っていう、このでっかい2つの基盤の上に自分の考え方があるんだな、ということに気づいた感じです。

――それができないのが自分なんだという納得感があった。それはポジティブなものだったんですか?

くじら:ものすごく納得しましたし、めっちゃポジティブなものです。これがわかったことによって、今まで人と喋ってて上手くいかないこととか、上手く人に興味が持てないみたいなことがあったんですけど、そういうことが全部つながりました。

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