ヒグチアイ、答えの出ない人生と向き合う“思考の足跡” 対照的な新曲「ひと匙」「今この胸に滾るのは」に通ずる視点とは

「今この胸に滾るのは」:答えを持たないまま走り続ける人への肯定

 しかし私たちは生活しなければならず、問いの前で佇んでばかりはいられない。対する「今この胸に滾るのは」には、迷いながらも走り続ける人の姿が刻まれている。岸本亮(fox capture plan)が手掛けたアレンジは疾走感満点。インパクト抜群のフィル、ギャロップ気味の刻み、細かなロール、4分のキック――ドラムの推進力が楽曲の軸となっており、弦楽器やオーボエ、ピアノなどによるきらめく音色が重ねられている。足元では力強く地面を踏み鳴らしながら、頭上では光が乱反射しているようなその音像は、まるで陽光を反射する雪原だ。

 雪原とは、美しくも途方もない場所だ。まっさらな白は始まりを予感させるが、ひたすら冷たく静かである。希望と絶望が同じ景色の中に共存している。この曲が鳴り始める場所もまた、そんな雪原の只中だ。歌詞は〈失った 悲しんだ/あきらめようか もうやめようか〉という失意の地点から始まる。続くフレーズが〈選択はできない〉であり、閉塞感が立ち込める。しかし主人公はそこで下を向かず、次の瞬間〈進め ただ 進め〉と自らを駆り立てる。どうすればいいかわからないまま、それでも、答えが出る前に走り出す。この疾走が、曲全体の骨格だ。調性やリズム、各楽器の旋律は目まぐるしく変化し、景色は絶え間なく流れ続ける。

『スノウボールアース』エンディングテーマ「今この胸に滾るのは」アニメMV

 注目したいのは、歌詞の時制だ。明確な過去形は楽曲冒頭に集中しており、そこから先は現在形・命令形・現在進行形へと切り替わっていく。過去は出発点として一度だけ刻まれ、あとはひたすら走り続ける。楽曲の終盤、〈今 揺らめいて旗めいて〉〈今 煌めいて気高くて〉〈今 息づいて抱きしめて〉〈今 突き抜けて貫いて〉という〈今〉の連打は、その極点だ。この曲が照準を合わせているのは、過去でも未来でもない、走っているこの瞬間そのものである。

 主人公は走りながら、〈後悔も最悪も置いてきぼりにしないよ/ずっとそばにいた胸の中のモンスター/君の名前はなんですか?〉と自らに問う。怒りや悲しみ、名前のつかない暗い感情を取り除くでも封じ込めるでもなく、問いかけることで共存しようとする。そしてこの曲でも結論は示されない。ラストの歌詞は〈今この胸に滾るのは/愛か憎しみか〉であり、感情の正体は最後まで判然としない。前へ前へと走り続ける音楽の運動それ自体が、答えを持たないまま今日を生きている人への力強い肯定なのだ。

 「ひと匙」は、立ち止まって問いに向き合う人の歌だ。自分の正しさとは何かと考え続けながら、答えにはまだ辿り着けていない。だからこそ相手を縛らずに、自分は深く、静かに思考を掘り下げていく。言うなれば、垂直方向の運動である。

 一方、「今この胸に滾るのは」は、問いを抱えたまま走り続ける人の歌だ。主人公が何よりも先に前へ進むことを選ぶのは、自分の選択に自信があるからではない。正解を待っていては動けないし、何も始まらないとわかっているからこそ、走りながら考え続けようとしている。こちらは水平方向の運動である。

 興味深いのは、対照的な2曲が、“正解がわからない”という同じ地点から始まっていることだ。そしてどちらも、その不確かさを安易に乗り越えようとはしない。考えるためには時間が必要だ。立ち止まって自分を見つめ直す時間も本来なら欠かせない。しかし生活は待ってくれないから、私たちは時に走りながら考えるしかない。だからこそ、ヒグチはその両方を歌にしたのだろう。彼女の歌が信頼できるのは、そこにリアルな生活者の視線があるからだ。答えの出ない時間を生き抜きながら、その思考の足跡を音楽に変えてきたからこそ、ヒグチアイの歌は私たちの胸に響く。

◾️ヒグチアイ リリース情報
シングル「ひと匙」
配信中:https://higuchiai.lnk.to/hitosaji

シングル「今この胸に滾るのは」
配信中:https://higuchiai.lnk.to/imakonomuneni

ヒグチアイ 公式HP

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