中野雅之(THE SPELLBOUND)×WEIRDCORE 特別対談 『攻殻機動隊』や90年代レイヴカルチャーを軸に語る、AI以降の世界観
ライブイベント『DEEP DIVE / 攻殻機動隊 in TOKYO NODE』が、東京・虎ノ門ヒルズにあるTOKYO NODEにて開催された。80KIDZ、D.A.N.、Night Tempo、TREKKIE TRAX CREW、RISA TANIGUCHI、machìna、YOSHIROTTENらオルタナティブなアーティストが多数ラインナップされ、ライブステージのトリにはTHE SPELLBOUND × BOOM BOOM SATELLITESとWEIRDCOREのスペシャルコラボレーションが行われた。
Aphex Twinをはじめとする世界的なアーティストと協作を重ねてきた覆面アーティストが、国内外でプロップスを得るバンドと共演。『攻殻機動隊』にあわせたスペシャル仕様とあって、この日だけの編成でパフォーマンスを繰り広げた。
また、WEIRDCOREは同会場で開催された『攻殻機動隊展』にて、“笑い男”をモチーフとしたインスタレーション「Ghost in the Shell STAND ALONE COMPLEX 模倣 Moho」を展開した。
今回は、90年代後期をイギリスで過ごした共通点を持つ中野雅之(THE SPELLBOUND)とWEIRDCOREの対談が実現。同時期のレイヴカルチャーや『攻殻機動隊』を軸に、AI以降の世界観を探る。(Yuki Kawasaki)
両者が体験した、90年代後半のUKレイヴカルチャーの空気
ーーお2人の共通点として90年代後半の時期をロンドンで過ごしていたということがあげられます。まずは当時のクラブカルチャーやレイヴシーンなどについてお聞きしたいです。
WEIRDCORE:私がロンドンに移った1990年代後半には、すでに多くのイリーガルなイベントやスクワット(占拠)パーティーがあったんだ。当時は非常に活気があり、楽しい時代だったね。
ーー90年代後半はさまざまな法規制が出てきて、シーンの転換期だったとも聞いています。野外レイヴなどに影響はなかったのでしょうか?
中野雅之(以下、中野):いきなりすべて消え去ったわけではなかったと思います。僕もロンドン市内の廃ビルの中で行われたパーティには何度も遊びに行って、週末はいろいろな場所でイリーガルなイベントが開催されてましたね。まぁ警察が来て小競り合いが起きたりとか、DJのレコードが没収されたりなんかはあったんですけど、言われているほど厳密ではなかったんじゃないかな。
WEIRDCORE:なんなら今もやってる人はいるからね。僕も途中で中止になったイベントに行った経験があるんだけど、あれはクレイジーだったな。キャッシュしか使えないパーティに山ほどのグッズを用意して、みんなで中身を漁ってた。使われなくなったスーパーマーケットの倉庫で行われたスクワット・パーティーで、まだ大量の在庫が残っていたんだ。パーティー用の小物も山ほどあって、みんなそれを漁って、見つけたものを身につけて楽しんでいた。そしたらそのタイミングで警察が来てしまって。最悪だったけど、楽しかったね。
ーージャンルとして主軸になっていたのはジャングルとかドラムンベースですか?
中野:どちらもありましたし、ディープハウスなんかも鳴ってましたね。僕がいた頃は2ステップなんかもあったりして、かなりクロスオーヴァーしていた印象があります。ウェアハウスパーティの場合は階層ごとにジャンルが違ったりして、音楽のデパートみたいな場所でした。
WEIRDCORE:ただ、当時は今みたいに情報が整理されていなかったから、常に音楽のセレクションが素晴らしかったわけではなかったんだ。DJの選曲を楽しみに来るというより、その場の雰囲気を体験しにパーティに行くというか。
ーー社交の場として貴重だったと。海賊ラジオの影響はどうですか? レイヴへの法規制(Criminal Justice and Public Order Act 1994: CJPOA)が始まったのとほぼ同時期にRinse FMが放送を開始して、まさにコミュニティにとって重要な役割を果たしていたのかと推察していました。
WEIRDCORE:無関係ではないと思う。実際、当時の海賊ラジオの中にはレイヴがどこで開催されるのかを教えてくれるショーもあったし。インターネットの普及以降は、また別の役割に移っていったけどね。
中野:僕も当時は海賊ラジオをよく聴いてましたけど、自分の場合はシンプルに音楽を知るきっかけにしてましたね。ツールやテクノロジーとしての文脈よりももっとワイルドなイメージを持っていました。そこはかなり日本と異なるポイントだとも感じていて、そのカルチャーは好きでしたね。媒体を通じて批評が日常的に存在しているというか。日本人の僕からすると、イギリス人は他人が作る音楽に対しても厳しいんですよ。
WEIRDCORE:イギリスはマスコミが批判的なんだよね。僕はフランスで育ったから、その違いがよく分かる。たまにフランスに帰ると、昔のポップスターがまだ人気があったりするんだよね。「え、まだこの人たちいるの? 信じられない」って思うことがたびたびある。彼らの話なんて全然聞かないのにさ。日本もそうだけど、一度ポップスターになってしまえばそのあとは簡単だよね。
中野:ね、こういうこと言うでしょ(笑)。
WEIRDCORE:気候の影響もあると思うよ。いつも天気が悪いので、それが国民性に反映されているというか(笑)。イギリス人は「私は素晴らしい」とは言わず、常に自分たちを他者と比較し、批判的に考える傾向があるような気がする。
中野:その分、イギリスのカルチャーの進化のスピードとか、そういう厳しい環境の中で物事に接する感じは、やっぱり作品にも出ているように感じます。
ーーアンドリュー・ウェザオールはかつて『Boy’s Own』というファンジンを制作していましたが、彼の文章からもその感覚が伝わってくるような気がします。サッカーとナイトクラブが同じテキストの中に共存していて、生活の中でさまざまなカルチャーがシームレスに繋がっていると言いますか。
中野:そういう会話が至るところで行われているんですよね。パブに行ってもライブハウスに行っても、普段の会話の中に音楽がある。そして自分たちが気に入らないもの、たとえば音楽に対して悪口を言う(笑)。
ーーWEIRDCOREとAphex Twinのコラボ作品は『Warp Records』から発表されていますが、このレーベルが果たした役割も大きいのではないかと思います。
WEIRDCORE:批評的なのもイギリス人の特徴だけど、信頼するアーティストに対してはかなり情熱的だと思う。Warpの素晴らしい点もそこじゃないかな。これはAphex TwinのMVを初めて手掛けたときの話なんだけど、なぜかリチャード(Aphex Twinの本名=リチャード・D・ジェームス)はレーベルの人たちにトラックを聴かせたがらなかったんだ。僕は4曲分のビジュアルを用意して打ち合わせに行ったんだけど、彼らに対して「こんな感じで作る予定です」としか説明できなかったんだよね。でも、レーベルは予算などを全部承認しちゃったんだ。どうしてリチャードが楽曲を聴かせたくなかったのかは分からないけど、クールだよね。『XL Recordings』なんかも同じぐらいアーティストを信頼している気がする。そんな風に作り手側の境界線を広げてくれるレーベルはそう多くないと思うよ。
ーー「T69 Collapse」は今聴いても、あるいはMVを見ても魅力的だと思います。あなたが手掛けたMVはAI観を考える上でも重要な作品ですが、改めて本作の背景をお聞きしたいです。
WEIRDCORE:「この世は誰かが作ったシミュレーテッド・リアリティなのでは?」という発想で始まったプロジェクトなんだけど、リチャードから話を聞いた当時は挑戦的だと思ったね。2017年の『FUJI ROCK FESTIVAL』のあとに、このMVについての構想を話し合ったんだ。正直、僕としては懐疑的だった。リアリティ(現実)を作るという行為が僕のスタイルに合うか分からなかったのだけど、彼は「絶対できる。やろうよ」って感じで乗り気だったんだ。そこで僕は考えてみた。もしAIが幻覚を見たらどうなるんだろうって。つまり、ドラッグを摂取した時みたいに、物事がどう見えるのか……って。画像を生成する時、AIがやっていることは本質的にそれなんだよね。あれは一種の幻覚なんだ。そしてそれが結果としてビデオになった感じ。
『攻殻機動隊』とも共振するAI(人工知能)に対する眼差し
ーー中野さんはこの10年ほどの人工知能についてどう考えていますか?
中野:僕の音楽制作でAIを部分的に導入する際、解析プラグインとかメロディを生成するために試すことがあります。ただ、そういうものを組み合わせていった時に、やや不安を感じる部分があります。今まで何十年か作ってきた音楽を拡張していく感覚というのはもちろんあるんだけど、自分がいま何をやっているのかっていうことが曖昧になっていく部分もある。音楽とどういう関わり方をしているのかっていうのが不明瞭になっていって、境界線がなくなっていくことに不安を覚えるんですよ。自分が自分の時間を生きているのかっていう。だからどうテクノロジーと適切な距離を保つかっていうのはすごく考えます。クリエイティブとして戯れるという時間と、AIそれ自体が人類を作り変えているっていう感覚が同時にある。
だからちょっと話は逸れちゃうかもしれないけど、遺伝子が組み換えられていない無農薬の野菜とか、その誰にもコントロールされてないものに対する興味はいますごく持っているところです。流通にしても生産管理にしても、完全に独立した、『攻殻機動隊』でいうところのスタンドアローン的な状態のものっていうものをリスペクトしています。そういうものに価値を見出してきたくなるところが、僕は2026年にすごくあるっていう。
WEIRDCORE:僕は比較的ポジティブに捉えているかな。AIは社会をより根本的で急激なレベルで変えていて、それは少し怖いけれど、それでも個人のレベルではAIとの相互作用を楽しめていると思う。健全なAIとの関係をどのように構築するかについて考えているよ。問題なのは誰でも簡単に成果物を生成できてしまうところで、slop(ゴミ)が溢れている状況だよね。1週間にひとつできれば良かったプロジェクトを、1週間で5つできるようになるとか、現状においても明るい未来を想像できると思うんだよね。それこそ『攻殻機動隊』で見た、サイボーグ化した指で高速の演算処理を行うシーンなんかは、ビジュアルで効率化を表現したものだよね。サンデーモーニング(土曜日夜のイベント後に行われるアフターパーティ)でよく観てたな。バックグラウンドで映像をただ流すだけだったけど、印象に残ってる。
ーー知り合いのイギリス人も同じことを言っていました。クラブのあとに日本のアニメを観る習慣があったと。なぜ『攻殻機動隊』だったんでしょうか?
WEIRDCORE:それを理解してもらうためには文脈の説明が必要だね。これは90年代のイングランドのどこかでの話で、東京の人々にとってはそれほど未来的には感じられないかもしれない。30年を経て世界はよりサイバーで、以前人々が想像していたことが現実になった部分もあるけど、当時は『攻殻機動隊』的な世界観が本当にかっこよく見えたんだ。僕はずっとサイバーパンクの美学が好きで、あのときクラブで観た映像はまさにそのスタイルだった。だから、東京は当時、僕が住んでいた場所よりもずっと未来的に見えたんだよ。いま考えるとパーティのあとに観るようなものではないかもしれないけど、あの体験はまるで大都市に連れて行ってくれるようなものだった。
ーーあなたが手掛けた「Ghost in the Shell STAND ALONE COMPLEX 模倣 Moho」は“笑い男”がモチーフですが、そのときの原体験の影響はあるのでしょうか?
WEIRDCORE:今回はそういったノスタルジーとは関係ないかな。ちょうどミーティングをしていた時に、マスクをつけた男の写真が1枚目に入ってきて、「ああ、こういう感じか」って思ったんだ。それをもっと幅広い層の人々で表現したらどうだろうって。そんな感じでアイデアが浮かんだ。それから、最近フラクタル構造の実験にすごくハマっていて、物事が小さくなっていく過程で、またマスクの形が形成されるような感じが好きなんだよね。画像がより鮮明になるにつれて、イメージが分割されて増殖していくというか。
ーー“笑い男”の視座を広げる作品でもあるのではと感じます。原作で青一色だったモチーフは記号的に“アノニマス”を付与するものでしたが、色を与えられた「模倣 Moho」でもその匿名性が損なわれていないというか。
WEIRDCORE:面白い意見だね。でも言いたいことは分かるよ。みんなが特別なら、誰も特別じゃないってことになるよね。それぞれ違う色をしていると、かえって目立たなくなってしまう。それぞれ違う状態にあると、ある意味、もうどうでもよくなってしまうような気がする。
ーーそれがデジタルでないことにも意義深さを感じます。エンタメ作品の多くが配信に置き換わり、“所有”ではなく“アクセス”が体験のベースになっているといいますか。今日において、「所有」の意味はどういう場合に見出されるでしょうか?
中野:人によるという前提がありつつ、僕は物を持つこと自体はいまも好きですけどね。CDが現在も売れている状況を考えると、日本人の民族性も関係していると思います。
WEIRDCORE:その話、聞くたびに驚いてるよ。ヴァイナルを出したいアーティストはイギリスにもいるけど、日本の場合はレコードじゃなくてもいいんだ?
中野:そのへんはレーベルの予算とか製造コストの都合もあるから何とも言えないけど、フォーマットは何でもいいんじゃないかな。たとえばカセットテープでも、自分が好きな作品を所有できればいいんだと思う。まぁでも部屋のどこかに飾るとか、そういう機能を期待するならヴァイナルのほうがいいんだろうけど。いずれにしても物を大事にする感覚は、個人的にも結構好きですね。だからむしろ、「レコードに針を落として音楽を聴く」っていう肉体的な行為は、まだ置き換えられていないんじゃないかな。
WEIRDCORE:クールだね。デジタルの利便性を享受しつつ、物理的な欲求も満たすってことか。一長一短あるものを取捨選択しながら価値判断できるのは素晴らしいことだと思う。両者を競わせようとするより、両方を組み合わせた方が良い場合もあるよね。僕がAphex Twinとのフィジカル作品で主に心がけているのは、もっと人と製品を双方向にすることなんだ。日本人的な物への強い思いは、そういう意味ですごくインスタレーションになるよ。