ウェイウェイ・ウー×平原綾香、“縁”に導かれた邂逅 能登半島地震への祈り――コラボ曲に込めた平和への願いを語る

 昨年、来日35年を記念して20thアルバム『上海Lady〜WeiWei ISM』をリリースした二胡奏者のウェイウェイ・ウーが、平原綾香とコラボレーションした楽曲「祈りにみちて」をリリース。これは、2024年1月1日に発生した能登半島地震をきっかけに生まれた楽曲で、『上海Lady〜WeiWei ISM』に収録の同名インストゥメンタル楽曲に、平原が歌詞を付けて歌ったもの。昨年12月に行われたウェイウェイのコンサートで初披露され、ファンのあいだで大きな反響を呼び、音源としてのリリースが待望されていた。ウェイウェイの亡き妹で歌手のaminとの縁がつないだ、ウェイウェイと平原のコラボ。平和への祈りにみちたこの楽曲について、コラボに至った経緯や制作の裏側、楽曲に込めたものなど、ウェイウェイと平原がたっぷりと語った。(榑林史章)

ウェイウェイ・ウーの妹が繋いだふたりの縁

ーー本作は、昨年12月の渋谷区 文化総合センター大和田 さくらホールで初披露されました。平原さんの魂を削るような歌声に圧倒され、命の尊さ、大自然への畏怖を歌う覚悟を感じたことを覚えています。

平原:確かに鬼気迫るものがあったかもしれません。あの日は私自身も、奥底から湧き上がるものがありました。驚かれると思いますが、ウェイウェイさんとはあの日が初対面だったんです。

ウェイウェイ:そうなんです。客席に向かって横並びでパフォーマンスしたので、目と目を合わせることもできなかったのですが、お互いの音を聴いて、とても初対面とは思えませんでした。

平原:私も繫がっている感覚があって、初めましての気がしませんでした。ウェイウェイさんの妹さんである、aminさんが繋げてくれたのだなと。aminさんからウェイウェイさんのことは聞いていたし、二胡の演奏も聴いていたので、初対面ではない感覚でパフォーマンスできたのは、aminさんのおかげです。

ウェイウェイ:平原さんのパフォーマンスは本当にすごかった。二胡教室の生徒さんもたくさん来てくださっていたんですけど、本当にすごいと思った時って語彙を失うんですね。みんな次のレッスンの時に「すごかった!」って。バンドメンバーも「すごいものを見せてもらった」と言葉を失っていました。そもそも私は、平原さんに対して感謝の気持ちがあったんです。妹がお世話になったし、妹が他界した時もネットでコメントを寄せてくださったので、いつかお礼を言いたいと思っていました。

ウェイウェイ・ウー

ーー直接ではないにしても、ご縁がずっとあったんですね。

平原:私の父(サックスプレイヤー/平原まこと)もウェイウェイさんのことを知っていたし、私が歌った『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』(NHK総合)のテーマソング「Voyagers」の二胡バージョンをウェイウェイさんが演奏されていて、クレジットにウェイウェイさんの名前を見つけて、「aminさんのお姉さんだ!」って。大げさに言うと他人ではない感じがずっとしていました。だから今回のお話をいただいた時は、すごくうれしかったんです。

ーー平原さんとaminさんには、どういう交流があったのですか?

平原:もともと『愛・地球博』の閉幕コンサートのために結成された「Friends Of Love The Earth」という、松任谷由実さんを中心としたアジア各国のアーティストが参加したユニットがあって。そこにaminさんが参加されていて、その年の『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)で、上海から歌を届けていたんです。その時、私はいなかったのですが、ほかに韓国のイム・ヒョンジュさんとか、シンガポールのディック・リーさんとか、錚々たるメンバーでした。私はそのあとから参加させていただいたんですけど、aminさんから「『上海万博』で歌いませんか?」と誘っていただいて。その前にもお互いの国歌を斉唱したり、いろんな場面でご一緒する機会があって。

ウェイウェイ:妹から平原さんのことは聞いていて、平原さんと妹が一緒に撮った写真が実家にも飾ってあります。

「木漏れ日と一緒に歌声が聴こえてきた」――熊野古道での神秘体験

ーーあらためて「祈りにみちて」が生まれたきっかけを教えてください。

ウェイウェイ:一昨年の元日、私は日本から台湾に向かう船の上にいて、ニュースで能登の震災のことを知りました。能登の皆さんに、早く安心できる状態になってほしいなと思いながら、デッキを散歩していたら自然とメロディがあふれてきました。船上で波に揺られているからなのか、8分の6拍子でした。そのうち浮かんだメロディがどんどんはっきりしていって、自分の船室に戻って皆さんに届ける音楽にしようと思いました。その時にメロディを書き留めた、数字譜のメモは今でも大切に持っています。

平原:数字譜?

ウェイウェイ:中国のやり方なんですけど、五線譜がなくても音符が書けるんです。

平原:すごい!

ウェイウェイ:すごく便利ですよ。ドレミのキーを決めず、メロディの流れを書き留めるやり方。平原さんなら、すぐに覚えられますよ。最初は、二胡で弾くことも考えてなくて、その時に浮かんだメロディであるということが大切だと思いました。私が作曲するときは、二胡で弾く前にそうやってメロディを作ることが多いんです。

平原:自然のなかからメロディを見つける……私の父もそういうタイプでした。ちょっと公園に行って戻って来たら7曲できていたということも(笑)。クラシックの作曲家 (エドワード・)エルガーは晩年、森のなかで曲を書いていたそうで、「木々が私の曲を歌っているのか、私が木々の曲を歌っているのか」という言葉を残しています。ウェイウェイさんの作曲の話を聞いて、そのことを思い出しました。エルガーの話は、単なる伝説ではなかったんだなって。

ーー今回、平原さんに歌ってもらおうとなったのは、どういう経緯だったのですか?

ウェイウェイ:昨年の7月、NHKの密着番組で熊野古道に行ったのですが、妹のことを話しながら歩いていた時、一番遠くの高いところから木漏れ日と一緒に歌声が聴こえてきたんです。それが平原さんの歌声でした。杉林の上のほうからフワ〜ッと。それで、お願いできたらいいなと思って。

平原:すごい! ウェイウェイさんのいろんなお話をうかがって思うのは、自分たちは、過去から未来に向かって歩いて行くのではないということです。未来がこちらにやって来るんだと、どこかで聞いたことがあって、「なるほどな!」って思いました。自分がこうありたい、未来ではこういうことをやりたい、将来何になりたいと決めた瞬間、未来のほうからこちらに迎えに来てくれるんですって。夢が迎えに来てくれる感覚です。私の歌声が熊野古道で聴こえたのは、ウェイウェイさんの特殊能力だと思いますけど(笑)、でもきっとこうなることは、ウェイウェイさんはどこかで確信していらしたんじゃないかなと思います。私がウェイウェイさんと初めてお会いした時に、初めてじゃない感覚があったのも、いずれコラボさせていただくこと、家族のようにお付き合いさせていただくことが、ずっと前から心では分かっていたのではないかと思います。

ーー平原さんは、「祈りにみちて」を初めて聴いた時どんな印象を持ちましたか?

平原:圧倒的なものを感じました。只者ならぬ音色。二胡の音色はいろんなところで耳にしますし、もともと二胡の音色が好きなので、どんな音であるかは大体知っていたんですけど、ウェイウェイさんの音色は特別です。肌に触れるのではなく、心にギュイっと入って来るような感覚。二胡という楽器の世界観を飛び出して、中国のメロディも弾くし、アイリッシュのフィドルみたいな印象もあったり、ポップス、ジャズ、本当に人の歌声のように操っていらっしゃって。まずはその音に圧倒されました。その時はまだ私が歌詞を付けるとは決まっていませんでしたけど、「自分が書くんだ」「書きたい!」と思いながら聴いていました。

ーー歌詞は、日本語のみで古語が多く使われていて。

平原:メロディが限られているので、言葉を厳選しないと言いたいことが言えずに終わってしまうかもしれなくて、初めてリモートでミーティングした時に、「もしかすると俳句のような感じで書いていくような気がします」とお伝えした記憶があります。結果的に俳句ではなく、万葉調の大和言葉を使ったのですが、きっかけは、知り合いからいただいたオペラ観劇のお誘いで、その題材が『万葉集』だったんです。マネージメントをしてくれている母とふたりで観に行って、「これだ!」と思いました。万葉調の言葉、大和言葉を使おうと、その時ピンときました。大自然ってすごく圧倒的で、ウェイウェイさんのメロディも二胡の演奏も圧倒的なので、それに太刀打ちできる言語は日本の古い言葉しかない。それで書き始めたんですけど、すごく難しくて大変でした。学生時代ぶりに『万葉集』を読み返して、たくさん調べながら書いていきました。

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