歌声分析 Vol.6:玉置浩二 歌声そのものが“物語”を生み出すーー時代を超えて響き続ける、技巧を超える熱量
歌声分析
アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。
連載第6回目となる今回は、玉置浩二を取り上げたい。
質感の変化で描く「ファンファーレ」の雄大さ、「田園」にみる精密なボーカル
昨年秋から今年にかけて、楽曲「ファンファーレ」(2025年)が大きな広がりを見せた。日曜劇場『ザ・ロイヤルファミリー』(TBS系)の主題歌として書き下ろされた本曲は、夢を追い続ける大人たちの絆と挑戦を描く物語と強く共鳴し、ドラマ主題歌という枠を越えて多くの人に支持された。年末の『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)で披露された歌唱は、その圧倒的な声の存在感によってSNS上でも大きな反響を呼び、玉置浩二というボーカリストの現在地を改めて強く印象づけた。
では、なぜ玉置の歌声は、ここまでドラマと強く結びつくのか。本稿では、「ファンファーレ」のバイラルヒットのデータ、数多くのタイアップ実績、そして歌声そのものの構造を手がかりに、その理由を探っていきたい。
まず、「ファンファーレ」のチャートの動向を振り返る。10月13日にリリースされた本曲は、Billboard JAPAN「Hot Shot Songs」では首位を獲得(※1)。10月27日のSpotify「Daily Viral Songs(Japan)」に初登場33位でランクインし、1月21日現在も同チャートにて100位以内をキープしている(※2)。バイラルチャートは、リスナーが楽曲に共感し、自発的に共有することで形成されるランキングだ。この“共有のされ方”は、玉置の歌声がドラマの文脈を離れてもなお、聴き手自身の感情に直接触れる力を持っていることを示している。ロングヒットというこの結果は、世代や立場を越えて歌声の熱量が届いた証だろう。
玉置のキャリアを振り返ると、これまで幾多のタイアップ曲をリリースしてきたが、映画やテレビドラマのタイアップ曲が多いことに改めて気づかされる。本人が俳優業を定期的に行ってきたことも一因ではあるが、それ以上に、玉置の楽曲と歌声が、もともと強いドラマ性を内包している点が大きいと考える。物語を補強するのではなく、歌声そのものにドラマ性がある。その特性が、主題歌というフォーマットと高い親和性を持ってきたのではないだろうか。
「ファンファーレ」は、ロック、ポップス、カントリーを横断しながら、アイリッシュやスコティッシュな音楽に通じる哀愁をまとい、推進力のあるメロディで感情を前へと押し出す、スケール感の大きい1曲だ。曲全体の“流れ”で高揚感を積み上げていくスタイルは、玉置のソングライティングの持ち味のひとつ。歌唱においては、丁寧な発音とアドリブ的なシャウトのコントラストが際立っている。子音を尖らせず、輪郭に丸みを残した声を運び、後半ではロック的な濁りを含んだシャウトを放つ。ビブラートなどのスキルに頼りすぎることはなく、声の質感そのものの変化によってスケール感とドラマ性を描き出している点が素晴らしい。
同じくドラマ主題歌として大ヒットした「田園」(1996年)は、身体的なアプローチが前面に出ているのが特徴的だった。玉置自身が出演したドラマ『コーチ』(フジテレビ系)の主題歌でもある本楽曲は、アップチューン。「ファンファーレ」とテンポに大きな差異はないと思うが、「田園」の方がアップテンポだと感じるのは、メロディと歌詞の詰め込まれ方や楽曲構成ももちろん起因するところだが、リズムを刻むように進行するボーカルアプローチもその要素だと思う。言葉単位ではなく一音単位で発音をコントロールし、母音の切り上げ方や弱音(じゃくおん)、溜めまでもがリズムの一部になっている。一定したビートの中で、発声の強弱によって余白とグルーヴを生み出しているのだ。