SUPER EIGHT 横山裕・村上信五“ヨコヒナ”の揺るぎない信頼 29年隣を歩き続けて目指す国立の舞台
前述の通り、横山と村上は同じグループ内でも「同期」という特別なつながりを持っていただけでなく、その長い付き合いの約3分の1の時間をラジオで面と向かって話し続けてきたことも大きい。ともにパーソナリティを務めたラジオ『関ジャニ∞ 横山裕と村上信五のレコメン!』(文化放送)では、2人がツアーでホテルの同室に泊まったときのエピソードを披露したことがあった(2011年8月25日放送回より)。
横山が「朝、何回こいつの歯磨きの音で起きたか!」と言えば、村上も「夜中、ペットボトル飲む音で起きんねん、俺!」と反論。横山がペットボトルの飲み口をすべて口に含む独特な飲み方をするため音が立つのだと暴露し、その生活感あふれるやり取りでファンを笑わせた。
冗談まじりに不満を言い合うことはあっても、大きな衝突は一度もなかったという。昔は横山のほうが苛立って噛みつくようなこともあったそうだが、村上は「折れてた」と回想。その言葉に横山も「えらいっしょ!」と嬉しそうに返す。そんなやり取りからも、長年で築かれた“ヨコヒナ”独特の信頼関係が感じられた。
なかでもファンに語り継がれるのが、2010年5月27日の“ペアルック事件”だ。横山が愛用していたつなぎと色違いのものを、村上が突然着てスタジオ入りしたのだ。赤を差し色にするポイントまで真似しての登場に、「めっちゃ恥ずかしい、やめて(笑)」と横山も思わず苦笑。結局3時間、そのままの格好で放送を続けることになった。
その状況だけを聞いても微笑ましい出来事だが、その時期は横山の母が他界した直後だったことを踏まえるとまた違った思いが見えてくる。もしかしたら偶然を装いながら、少しでも横山を笑顔にしようとした村上の心遣いだったのではないか。そう考えると、胸に迫るものがあるのだ。
今回のトーク番組で横山が伝えたかったのは、いつだってさりげなく支えてきた村上への感謝の思いだった。渋谷すばるが脱退した当時も、そうだったと振り返る。グループのバランスが揺らぎ「俺は無理かもしれへん」と弱音を吐いた横山に、村上は「お前が無理やったら、俺も無理やぞ」とまっすぐに答えてくれたのだという。
「(そう)言ってくれたのが俺は嬉しくて。たぶん今につながってんねやなと」と横山。村上が照れくさそうに「もっと早よ言うてくれよ」とツッコむと、「スミマセン」と小さくなって謝る横山。そんな掛け合いもまた“ヨコヒナ”らしくて思わず笑ってしまった。
「言えるときに言わないと」。そう語った横山の言葉には、自身の変化がにじんでいた。仲間に背中を押され、挑戦を続け、今だからこそ心に余裕を持って感謝を伝えられる――そんな成長が垣間見える。
さらに番組で披露された「10年後の村上への手紙」には、「この10年以内に国立に立ってると信じてます」との言葉が。横山の強い意思に、村上は「立っとるやろな」と力強く返した。その揺るぎない確信に、2人の未来図が重なって見えた瞬間だった。「村上さんが矢面に立ってくれてたから、俺らの認知度が上がった」と語る横山。「(もし横山がいなくなったら)グループにいる意味はホンマにわからへん」と断言する村上。
互いにそう言い切れる関係にも今一度胸が熱くなった。2人が夢見る国立競技場のステージに、5人そろって立つ日。その隣に“ヨコヒナ”が並び立つ姿を、ファンは信じて待ち続けている。