柚希礼音、大先輩・越路吹雪への憧憬とシャンソンへの挑戦 「ようやく入り口に立ったところ」
2024年、芸歴25周年のアニバーサリーイヤーをさまざまな舞台を通して駆け抜けてきた柚希礼音。次なる一歩として発表されたのが、越路吹雪の名曲を歌うシャンソンアルバム『Les Nouvelles Chansons』だ。宝塚歌劇団卒業から10年となる2025年、宝塚時代から歌ってきたシャンソンにあらためて挑戦することで柚希礼音が見つけたものとは? 大先輩である越路吹雪への想いや、シャンソンの奥深い面白さを語ってくれた。(後藤寛子)
あらためて“歌”と向き合った2024年
――前回お話を伺った『REON JACK5』も無事終わり、25周年のアニバーサリーイヤーを満喫できていますか。
柚希礼音(以下、柚希):満喫しています。25周年は『ミュージカル・ピカレスク「LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~」』で帝国劇場や博多座に立ったところから始まり、ブロードウェイミュージカル『カム フロム アウェイ』という素敵な作品に出させていただいて、さらに『REON JACK5』も開催できて。宝塚歌劇100周年記念公演のトップスターが集まる公演『RUNWAY』が、私としては今年の締めくくりになります。
――いろんな挑戦もあり、宝塚からの歩みも振り返れる一年だったわけですね。
柚希:はい。今回のアルバム『Les Nouvelles Chansons』が新しいスタートというイメージです。来年は退団して10年目で、そのタイミングでずっと挑戦してみたかったシャンソンの作品を発表できて、いいスタートになるんじゃないかなと思います。
――シャンソンのアルバムは以前から作ってみたかったんですか。
柚希:宝塚の時はシャンソンを歌うことも多かったですし、ディナーショーで歌う機会もあったんです。それに、宝塚を退団する時に演出家の方々から「声質がシャンソンに合ってると思うから挑戦してみたら?」とも言われていたんです。でも、目の前のミュージカルなどに一生懸命向き合っているうちに、ちゃんと挑戦できないままここまできてしまって。退団後に学んだ歌い方やテクニックで頭でっかちになっていた時期を経て、もう一度歌にしっかり向き合おうと思ったタイミングであらためてシャンソンと向き合うと、新しい発見がたくさんありました。心の表現、魂の表現で歌うことを学び直して、解き放たれた想いです。
――シャンソンは、クラシックのように楽譜をなぞるというよりは、個性や気持ちの込め方が大事になってくる音楽ですよね。
柚希:そう思います。エディット・ピアフさんはご自分の恋愛観を楽曲にして歌っているからこそ共感する人がいるんだろうと思うし、越路吹雪さんもご自分の人生を乗せてエディット・ピアフさんの楽曲を歌われたんだと思います。だから、今の私が歌う、今感じるシャンソンを歌いたいですね。
――今だからこそ表現できる歌がある、と。
柚希:同じ「愛の讃歌」でも、男役時代に『2014 FNS歌謡祭』(フジテレビ系)で歌った時と感情の解釈が全然違うし、聴いているだけでも響くものが違いました。やっぱり、自分がいろいろ経験を重ねたことで変わったんだろうなと思います。結局は心が違うんでしょうね。大竹しのぶさんが「歌うというよりもお芝居をしているみたいだから、シャンソンは楽しい」とおっしゃっていたように、お芝居のような感情表現や自分自身の想いを伝える歌なんですよ。私ももともとは歌もお芝居も緊張するタイプだったんですけど、役に入り込んでいたら舞台に立っていられるような感覚もあったので。シャンソンでも曲の世界に入り込んで相手に向かって話すように歌うことを大切にして、私らしさやよさが出せればいいなと思っています。
――頭でっかちになっていた時期もあったということですが、歌に対しての感覚自体も変化してきましたか。
柚希:男役だったところから女性の歌を歌うようになったのがまず大きな変化でしたし、「宝塚歌いをやめなさい」と言われて、そこで初めてそういうクセがついていたことに気づいたり。無意識についていた歌い方のクセを消す難しさに何年も向き合ってきたんですよね。女性声として必要な高いキーの伸ばし方なども、とにかく研究しないと舞台に立てなかった。そうやっていろいろやってきたあとにシャンソンを学び直したことで、「こうじゃないといけないはずだ」と思っていた部分が、「そうじゃなくてもいいのか!」と思えるようになりました。いわゆる裏声、地声、ミックスボイスみたいな技術面じゃなく、「今日は大きく歌うけど、明日は小さく歌ってもいい」と言いますか。選択肢の広さがシャンソンなんです。
――表現の余白が多いイメージ?
柚希:はい。たとえば、男の人に振られたことを歌った曲に対して、本当に切なく悲しい気持ちで歌うこともできるし、楽しく笑顔で歌うこともできるじゃないですか。同じ歌詞と同じメロディでも、解釈によって全然違うように歌えるんです。だから、歌唱指導の方と話し合いながら、一曲ごとに「あなたにはこっちが合うんじゃないかな?」「こっちのほうが今の私にはしっくりくるんじゃないかな?」と、いろいろな歌い方を試してみています。さらに、越路さんの声の出し方を研究するなかで、今まで自分が使っていなかった場所を知って、「ここを使ってもいいの?」と気づいたり。
大先輩・越路吹雪への憧れ
――なるほど。越路さんという存在は、やはりレジェンドですか。
柚希:レジェンドです! 宝塚の男役の先輩で、かつ退団後に越路さんを知らない人はいないくらいの地位を築かれた方なので。ミュージカルやテレビ番組の司会などさまざまなことをされつつ、その地位を築かれたということは、本当に自分の世界を貫かれたんだろうなと思います。
――「シャンソンの女王」とも言われている方ですもんね。越路さんの楽曲をあらためて聴いて、勉強していったんですか?
柚希:そうです。越路さんが日生劇場で1カ月間開催されていたリサイタルの映像を観ていたんですけど、1960、70年代とは思えないくらいすごい公演なんですよ。当時から映像を使った演出をされていて。お着替えタイムには衣装を着替えているかわいらしい動画を作って流していたり、事前に撮影したオーケストラの方たちのメンバー紹介動画で幕間をつないだり、エンタメ性がすごいんです。今でもよくやる演出をとうの昔からされていたんだなと驚きました。もちろん、歌っている時の動きや全体の世界観も面白いし、ファッションもハイブランドを着こなしていてオシャレなんです。だから、観に行く方もオシャレしていくようなムードがあって、それも楽しいんですよね。そういう総合的なエンタメを作られていて、あらためて魅了されました。
――パフォーマンスや歌の表現に対しては、どういうところにすごさを感じましたか。
柚希:完全に歌の世界に入り込んでいるのが伝わってくるんです。特に「人生は過ぎゆく」が本当にすごいんですよ! 越路さんには、目の前にお相手が見えているんだと思うくらい。先輩方にシャンソンのお話を聞いた時、「相手との距離感を意識すると歌いやすくなるよ」と教えてもらったんですけど、それがよくわかりました。歌の相手が目の前にいるのか、離れた向こう側にいるのか、それだけで全然違うんだなって。シャンソンはやっぱり愛の歌ばかりですからね。
――越路さんの映像から勉強しつつ、ご自身の表現に置き換えていかないといけない部分もありますか。
柚希:越路さんの歌を学んで、まず一度真似してやってみてから、自分の色で表現していこうと思っています。それは宝塚の時もそうだったので。初舞台生には引き出しがまったくないから、まず先輩方の真似をすることから始めるんです。最初は真似から入ったって、どうせすべてを真似ることはできないですから。とにかく素敵だなと思う方の真似をしているうちに、それがだんだんと自分のものになってくる。今回も越路さんの真似をしようと思ったって到底できないけど、だからこそ歌い方や心意気をいっぱい真似して、自分なりのものを作っていきたいと思っています。
――練習している時の感触はいかがですか? 楽しくやれているのか、もしくは壁にぶつかることも?
柚希:すごく楽しみながらやれていますね。それこそ越路さんの真似をしているうちに歌いやすくなったり、今まで使っていなかった声を出せたりもして。ただ、それは練習の話で、まだ舞台に立って実践したことはないからすごくドキドキしていますね。本当にこの声で人前で歌っていいんですか? という気持ちもあるけど、意を決して今回はそれを使いなさい、と言われました。そうやって研究しながら新しい自分を発見したり、研究しながら、さっき言ったように「こうじゃないといけない」と思っていた枠がどんどん外れていって、開放されている感じがあります。
――やればやるほど沼りそうですね。
柚希:そうなんです。だから、みんな沼っていくんだなって(笑)。歴史を振り返ると、エディット・ピアフさんたちの時代からのシャンソンや、それとはまた違う越路さんが作られたシャンソンからの流れもあるし。本当に深い世界なんですよね。
――やっぱりミュージカルの歌とも違うわけですか?
柚希:違いますね。ミュージカルには流れがあるから、ある時は喉をこういうふうに持っていかないとこの声が出ないとか、そういう部分を学んできたので。でも、ミュージカルも一曲一曲に自分の役と共演者たちの関係性をしっかりと描いて、ちゃんと自分で息をしていないといい歌にならないんだろうなと思います。そこはシャンソンと共通していて、越路さんもそういうところを掴んだうえで、その時の感情で毎回違う歌を歌えていたのかなと感じました。
――自分自身がしっかり入り込めるかどうかが重要なんですね。シャンソンで歌われる愛は情熱的なイメージがありますが、もともとそういう激しい感情にも共感できるほうですか?
柚希:みんな、きっと実はあるんじゃないかな(笑)? 歌を聴いてて感動する時って、普段はそんなに意識していない部分を音楽が表現してくれるから、心が動くんだと思う。宝塚時代に自分とはかけ離れた役をした時も、最初は絶対にできないと思っていたけれど、「普段見せていない部分が絶対にあるはずだから、そこを表現したらいい」と言われて「なるほど!」と納得できたんです。人には見せていない自分を表現していったら無限に広がっていくので、シャンソンでも今まで出していなかった私が出てきたら面白いなと思います。特にエディット・ピアフさんは自分の恋愛観から楽曲を作ってこられていますけど、“柚希礼音”としては自分の恋愛観を曲に乗せて表現してきたことがあまりないので。そこを表現できたら、より一歩踏み出せた、一皮剥けた感じになれるんじゃないかなと思います。