My Hair is Badが突き詰めた3ピースとしての濃さ “誰かのため”に鳴らすことで得た新しさと普遍性

「“求めているものは近くにあるんだ”と思えたアルバム」

――今作は「思い出をかけぬけて」のみ、アレンジャーに河野さん、レコーディングとミックスは安達義規さんという布陣で制作されていますが、他の12曲に関しては、アレンジはご自分たちで行っていて、レコーディングとミックスは釆原史明さんですね。そして13曲全曲、イギリスのマスタリングエンジニアであるマット・コルトンさんがクレジットされています。特に1曲目から12曲目までに関して、釆原さんと制作されたのはどのようなサウンドを目指したからなのでしょうか?

椎木:釆原さんとは「瞳にめざめて」で初めてご一緒させていただいたんですけど、そこで今までのマイヘアにない音像が生まれた手応えがあって。ただ、「瞳にめざめて」の時は、マスタリングは日本でやったんです。その時、僕がマスタリングに関してああだこうだ言っていたら、釆原さんが「マスタリングは海外でやった方が面白いんじゃない?」と言ってくれて。それで、シングルで出した「悲劇のヒロイン」と「自由とヒステリー」の2曲をそのタッグ(釆原とマット)でやってみたんです。そしたら、ものすごくよくて。今までマイヘアがちょっとイギリスっぽかったとしたら、どちらかというとアメリカっぽい、ハッキリした音像になって返ってきた。

――確かにマットさんはイギリスで活動されている方ですが、今作のサウンドにはアメリカ的な音の質感を感じます。

椎木:「これは面白いぞ」と思って。この音像さえ作れれば、新しいMy Hair is Bad、強くなったMy Hair is Badを披露できるんじゃないかと思ったんです。それで、アルバムもこの2人のタッグで制作しようとなりました。しかもその分、「思い出をかけぬけて」で1曲だけ河野さんと安達さんにやってもらっているのも、すごくいいなと思って。

――そうですよね。浮きすぎることなく、でも確かに、この曲だけが持つ特別さが際立っているように感じます。椎木さんの中で、「3ピースのバンドサウンド」というものを考えた時に目指したいと思った音像とはどのようなものですか?

椎木:サブスクでいろんな音楽を聴いていても、「バンドって音ちっちゃいな」と思うことが多くて。コンプ感というか、後ろで全部音が潰れちゃっているように感じることが多かったんですよね。『angels』でもそれを感じている部分はあったので、そこを解消したいという気持ちで「瞳にめざめて」から向き合っていて。釆原さんが作る音像ってすごく面白いんですよ。塊で出すけど、(音の)置き所が全部違うからバラバラに聴こえてくる。ヒップホップとかもやっている方なので、その影響もあるのかなと思うんですけど。釆原さんはクリープハイプの音源もやっていて、ものすごく音がデカいというか、“近い”んですよね。そもそもはクリープハイプを聴いて「これ、誰がやっているんだろう?」と思って調べたら、釆原さんだったんです。それで調べたら、他にもAge Factoryとかリーガルリリーとか、僕が好きなバンドたちをやっていて。そのバンドたちの音像もめちゃくちゃかっこよかったから、僕らも一緒にやれたらいいなと思って声をかけたんです。

――先ほどおっしゃっていた「My Hair is BadはよりMy Hair is Badでいなきゃいけない」というアルバム全体に滾る意志は、歌詞にも表れていると思います。特にアルバムの後半に収録された楽曲たち――「星に願いを」、「猫の耳」、「時代」、「思い出をかけぬけて」といった楽曲には顕著にその意志が表れているように感じました。

椎木:ありがとうございます。「星に願いを」なんかは、本当に書いているまんまなんですよね。「多様性多様性って言うなら、俺が俺であることを否定しないでくれよ」って。「時代」に関しては、俺は今まで「赤裸々」と言われるような表現をたくさんやってきたけど、それはあくまでもラブソングの中での赤裸々であって、今の自分がそれをやるのは嘘だなと思ったんです。今の俺にはもう、昔のようなラブソングを書けるマインドはなくて。そう考えると、「時代」は2024年の俺にとっての「赤裸々」な曲だと思います。「今の自分の本当の言葉って何だろう?」ということに向き合ったことによってできた曲ですね。今回のアルバム、そもそもは12曲入りの予定だったんですけど、4月か5月のタイミングで「もう1曲増やさせてくれ」と言って急遽レコーディングしたのが「時代」だったんです。

――リリースが7月末であることを考えるとかなり急ですよね。

椎木:とにかく1曲、こういう曲が書きたかった。この曲があることによってアルバムもまとまったし、「この曲を2024年のアルバムに入れることができてよかったね」ってこの先、言える曲になったと思います。自分のために、自分たちのために、「赤裸々」から逃げずに1曲、書かせてもらいました。

――「時代」の歌詞は、煮詰めてこねくり回した言葉というよりは、湧き上がる思いがそのまま綴られているような歌詞ですよね。それゆえに「この曲の歌詞の意味は?」なんて問わずとも、聴くだけで伝わってくるものがある。

椎木:おっしゃる通りで、「時代」は一瞬で書きました。「星に願いを」も、「高校生の頃にライブハウスで観たツアーバンドのデモCDで聴いたような、カタカナ英語を歌いたい」みたいな気持ちはあったけど、大前提として「何を歌ってもいいな」と思っていたんです。かなりラフに、ベッドに寝っ転がった状態で書けるくらいの内容がいいなと思っていましたね。

――そうやって生まれる歌こそ、今、歌いたい歌であるという気持ちがあったのでしょうか?

椎木:どちらかというと、書いていくうちに、そういう気持ちに気づいていったんですよね。力を抜くことの大切さというか。俺はいつも「頑張りたい!」とか「やってみたい!」ばかりだったけど、「時代」や「星に願いを」のような曲を書くことによって、「今のMy Hair is Badに必要なのって、俺がもっと力を抜くことや、もっと適当でいること、「なんとなく」やることが大切なのかなって。そうすることが、この先のMy Hair is Badにとっていいことになるかもなと思ったんですよね。

――「猫の耳」の始まりの〈曇りばかりの地元に雪が降ってた/町全てが灰色になって静かだ〉というラインを聴いた時、マイヘアがインディーズ時代に最初に出したミニアルバム『昨日になりたくて』(2013年)のジャケットの景色を思い出しました。あの景色に近いものを描いているのかなと。

椎木:おっしゃる通りですね。『昨日になりたくて』は地元の上越で作ったアルバムだし、あの町の色がいっぱい入っているアルバムですけど、この「猫の耳」も地元のことを歌った曲です。最初にデモを作ってみた時に、どうしても暗い音になる感じがしたんですよね。母の車や、自分のCDプレイヤーから聴こえてくるような音というか……地元で車に乗りながら見ていた曇り空とか、雪が残っている田んぼとか、そういう景色が出てくるものになっていって。そのオケに引っ張られて書いたんです。改めて、自分の町のことを「曇り空が似合う町なんだな」と思いました。地元の景色は、書こうと思えばいくらでも書けます。前に「ホームタウン」という地元の曲を作ったことがあるんですけど、その曲は7分くらい地元の話をしていて。でも、「まだ書いていない景色があったんだ」って「猫の耳」を書いて思いました。

――「思い出をかけぬけて」や「時代」が、これまでマイヘアが表現してきた恋愛や赤裸々さといったテーマの“その先”を提示しているものだとしたら、「結婚しようよ」のような楽曲にも、そういう部分が顕著に表れている気がしました。個人的に、椎木さんが書く“結婚”あるいは“心中”の曲を聴いてみたい気持ちがあったので、トラックリストの中で「結婚しようよ」というタイトルを見た時にとても嬉しかったんですけど(笑)。

椎木:(笑)。「結婚しようよ」は、最初は別のテーマでデモを作り始めたんですけど、作り終えたらどうしてもウエディングソングに聴こえてしまって。なので、この曲もオケに引っ張られて作った曲なんですよね。デモの段階から、「幸せになって、歩いていってほしい」と思えるような音が鳴っていて。

――「思い出をかけぬけて」もそうですが、“先がある”という状態が歌われている楽曲が今作を象徴している気がします。

椎木:今まで、俺は俺の人生に対して「足りない、足りない」とずっと思っていたんですよ。自分自身も足りないし、もらえるものも足りない。「何かが足りない」と、ずっと思っていた。でも……「そんなに足りてなくはないんだ」と思えるようになってきた。自分の中で、『ghosts』はそういうアルバムだと思います。いつだって息苦しくて、何かを求めている状態だったけど、気づけば「求めているものは近くにあるんだ」と思える瞬間がいっぱいあった。だから、こういう曲が書けるようになっているのかもしれないです。

――最後に、1曲目の「一母八花」が椎木さんにとってどのような曲か、教えてください。

椎木:マイナー調の曲でアルバムが始まるのはマイヘアにとって初めてのことなんですけど、オケを作っている段階から、こういうロックなゴリゴリしたサウンドでいきたいんだ! ということは言っていて。ベースも派手に弾いてほしいし、ドラムもバシバシ叩いてほしいし。1曲目なのにサビまで長い、というかイントロまでも結構長いんですけど、それくらい「バンドの音を聴いてくれ!」という気持ちで作った曲です。ガガガガガガッ! といきたかった。歌詞に関しては、自分の母のことというより、自分の中にある、女性の母性に対しての憧れを歌っている曲だと思います。そこに自分にはない、尊いものを感じていて。意外とそういう歌は歌っていなかったんですよ。『mothers』(2017年)の中でも歌っていなくて。この曲は、最初から最後まで相手はいないのに、相手が心の中に残してくれたものだけが生きている……そういう歌なんです。最終的に、この曲は誰とも会わないんですよ。ずっとひとりでいる。ただ、あの花に母性が残っている。そういう感覚。それが僕にとって「素敵だなあ」と思える感覚だったんですよね。

◾️リリース情報
My Hair is Bad『ghosts』
2024年7月31日(水)発売
購入:https://lnk.to/mhib_ghosts_ec
・初回限定盤【紙ジャケット仕様 CD+DVD】:¥4,800+tax
・通常盤【CD】¥3,000+tax

<収録内容>
01. 一母八花
02. 鳩かもめ
03. 悲劇のヒロイン
04. 自由とヒステリー
05. あかり
06. 結婚しようよ
07. 太陽
08. ペガサス
09. ぶっこむ.com
10. 星に願いを
11. 猫の耳
12. 時代
13. 思い出をかけぬけて

『-DVDMy Hair is Bad 1st Full Album narimi Release Tour Final 2015.03.07 上越 EARTH』
アフターアワー
赤信号で止まること
元彼氏として
18歳よ
教室とさよなら
まだ、ほどけて 夏が過ぎてく
白熱灯、焼ける朝
エゴイスト
ディアウェンディ
友達になりたい
マイハッピーウェディング
フロムナウオン
最近のこと
ドラマみたいだ
彼氏として
ふたり

優しさの行方
月に群雲
クリサンセマム エゴイスト

My Hair is Bad 公式HP

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