幽体コミュニケーションズ、“季節”をめぐる葛藤 弱さと向き合った「Beat my Spring(春を斃して!!)」制作秘話

「ギターの音が欲しい」なんて初めて言われた(吉居)

吉居大輝

ーーpayaさんの「他人にちゃんと伝えることを意識しはじめた」という変化には、この1年間、いししさんと吉居さんはどのような距離感で接してきたと思いますか?

いしし:去年1年はたくさんライブをする年だったんですけど、たくさんの人に見てもらえるようになってきて、でも私自身、歯痒い部分があったりして。ずっと満足はしないと思いながらも、満足したい気持ちが私の中にもありました。……ただ、payaさんは気持ちをあまり出さないんですよ。悩みとかを言わなくて。

paya:言われてしまった(苦笑)。

吉居:(笑)。

いしし:でも、ずっと苦しそうではあったので。この曲ができる前とか、シングル曲をどれにしようかと決めている間、ずっと苦しそうで。正直、干渉することもできない感じではあったんです。なので、変化の過程は見えなかったというか。開けていくまでの苦しみの方が、結構強く見えていた感じがします。

paya:この間もそういう話をしたんですよね。「悩みとかを人に言うの、苦手なんよな」って。

吉居:昔からずっとそうなんですよ。「言え」と言っても言わへんから、僕はもう「言わへんのや」と思っていました。

ーーいししさんがおっしゃる「苦しさ」という部分は、payaさんご自身としてはどうですか?

paya:そもそも「ミュヲラ」を出したくらいの頃から、ちゃんと全部に向き合おうとしていた感じはあって。「ミュヲラ」の歌詞の中に〈悲しみを守れるように〉と入れたんですけど、そもそも僕は「悲しみ」のような感情を作品の中に出したくなかったんですよね。作品の中に入れてしまうと、すごく大きくなっていってしまうような気がしていたから。ここ1年の変化の中には、そういうものとちゃんと向き合いたいと思った部分もある気がするんですけど、「苦しみ」というのも、そういうものだったのかなと思います。向き合うべきものというか。

ーー「Beat my Spring(春を斃して!!)」は、個人的に聴かせていただいた感触として「ミュヲラ」ととても近い場所にある曲という感じがしました。

paya:僕の曲の中で何かと向き合おうとしている曲って少なくて。ちゃんと何かと目を合わせようとした曲というか。そういう意味で、「Beat my Spring(春を斃して!!)」が「ミュヲラ」と近い部分があるのはわかる気がします。

ーー「Beat my Spring(春を斃して!!)」は、制作はどのように進んでいったんですか?

吉居:もう、泥のように。

いしし

ーー泥のように?

paya:実は、この曲の前にもう1曲、作っていた曲があったんです。その曲を3月中までに仕上げるという話をしていたんですけど……最後の2週くらいになって、僕が「やめる!」と言い出して(笑)。「今から新しい曲を作らせてくれ」と言って、作って出した2曲のうちの1曲が、「Beat my Spring(春を斃して!!)」なんです。なので、制作した期間は3週間くらいなんですよね。その間にレコーディングも自分たちでやってしまって。

ーーもう1曲の制作をストップしたのは何故だったんですか?

いしい:いろんなアレンジを作ったよね?

paya:そう、その曲も紆余曲折があったんですけど、アレンジがしっくりこなかったんですよね。何度も作り直したんですけど、結局しっくりこずやめてしまって。その時は、いろんなことを気にしすぎていたんですよね。自分の衝動的な手の動きを全部止めたうえで作ろうとしていたというか、手癖を全部殺して作っていたようなところがあって。なので、その曲には季節のテーマも入れないはずだったんです。でも、どうしても入ってきてしまう。結局そこが避けられなかったので、1回、その曲のことは全部なしにして、新しいものを作ろうと。そうしたら、タイトルに季節が入った曲を出してしまったという。なので、この曲(「Beat my Spring(春を斃して!!)」)は僕の弱さを固めたような曲とも言えると思います。

ーーいししさんと吉居さんは、「Beat my Spring(春を斃して!!)」のレコーディングにはどのように向き合いましたか?

いしし:歌の振り分けを決める時に、payaさんが「これは俺が歌わなきゃいけない曲だから」と言っていて。「この歌を人に預けるのは違う」って。なので、この曲で私がメインでひとりで歌うパートはないんです。payaさんが主役になる曲なので、私はあくまでも表情の補完役という感じでした。録る時に、「曲にいろんな表情を入れたい」というオーダーがpayaさんからあって。私自身、そんなに明るい人間ではないので、「明るい」と「暗い」の間の幅が狭い自覚があったんですけど、そこを突破してもうちょっと明るい声を出してみようとしました。録り方で言うと、鼻から出る音を録りたくて、マイクをおでこに付けて録ったりもしましたね(笑)。骨の振動を入れようと思って。

paya:鼻唄的なものって、声帯じゃなくて、鼻の骨あたりが振動する音が録れるんですよね。それで、おでこに痕を付けながら録ってもらったんですけど(笑)。そのくらい、今回は歌のいろんなバリエーションが欲しくて。

ーーpayaさんは、自分が歌う曲であるという前提の上で、いししさんの歌に何を求めたのだと思いますか?

paya:この曲は僕の個人的な曲ではあるんですけど、だからと言って、ここにいるのは僕ひとりではなくて。自分の声じゃない声がたくさん鳴っている感覚が欲しかったんですよね。季節のテーマが僕の中から抜けないというのも、どうしようもなく、それが頭の中で鳴っているからで、それはある意味、すごくやかましいものでもある。そのやかましさを表現しようと思った時に、音のバリエーションはたくさん必要だったし、声もたくさん必要だったんです。なので、この曲でのいししの声の役割は、僕の声ではない声、いろんなサイズの声としてあってほしかったんです。

ーー吉居さんは、レコーディングいかがでしたか?

吉居:大体いつもそうなんですけど、(payaから)「絶対にこうしてほしい」というのはないので。もらった曲から僕がイメージしたものを形にして、それを渡して、payaさんと「俺は嫌い」、「いや、でも俺は好き」というやり取りをするんですけど。

paya:(笑)。今回、僕の方から吉居に言ったのはひとつで、「ギターの音が欲しい」ということでした。

吉居:それを初めて言われたんですよ。幽コミの曲で「ギターの音が欲しい」なんて初めて言われました。

paya:今までは「もうちょっとバイオリンの音みたいな……」って感じで、違う楽器の音を要求することが多かったから(笑)。確かに、「ギターの音で」と言ったのは初めてだったかもしれない。

ーーそのオーダーは、吉居さんにとってはどのようなものだったんですか?

吉居:最近の僕のマインドともマッチするものだったと思います。僕自身、今までの幽体コミュニケーションズのギターの感じとは別のものをやりたいと思っていたタイミングだったので。今まで、自分は幽体コミュニケーションズで抽象的なギターを弾いてきたことが多いような気がしていて、そういうものが好きでやってきてはいたんですけど、それとは違うもっと具体的なアプローチをしたい、という気持ちが最近の自分にはあったんです。

ーー幽体コミュニケーションズのレコーディングで「ギターの音」をダイレクトに求められるという経験を経て、吉居さんが感じられたことはありますか?

吉居:単純に、できないことだらけだなと思いました。それに尽きるかもしれないです。もっと新しいことをしていきたいという気持ちがあるし、それに向き合っていきたいです。

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