冨田ラボ、スタンダードを更新し続けて迎えた20周年 制作環境や音楽的興味の変遷、“AIによる作曲”への見解まで語る
国内/海外にリーチする上での“楽曲の捉え方の違い”
――その流れでお聞きすると、冨田さんは海外リスナーにアプローチすることへの興味はどれくらいあるんですか?
冨田:いや、すごくあるよ。海外リスナーに対するアプローチもそうだし、例えば僕がYouTubeでイギリスのシンガーにたどりついて、「この人の声とサウンドすごくいいな」と思ってYouTubeの登録者数を見ると36人だったりするわけですよ。
――ああ、そういうことってザラにありますよね。
冨田:ある。インディーズ以前の自主制作で活動している規模だったりして。そういう作品も僕は自分のファンサイト(※1)で紹介したりするんだけど。こういうことをフットワーク軽くできることは昔だったら考えられなかったし、相互に可能性があると思うよ。反面、すべての曲じゃないけど、曲によっては海外のサブスクでは日本の作品にアクセスできないといったケースもあるらしいんですよ。そういうハードルも顕在化してきた。でも、インディペンデントな活動をしている人たちの可能性が大きく広がったのは確かですよね。
一方で、僕はドメスティックに向けて作ってるという意識が以前は強くあったんです。それはやっぱり日本語の歌モノ中心で曲を作っているので、そこで生じる言語の壁はすごく大きいと思っていて。だけどヒップホップとか、いろんな音楽に触れたり、トラックメイカーの意識もわかってきたりすると、ソングライティングではなくとも「このビートすげぇ! ヤバい!」ということだけで満足できる感覚もあるわけじゃない?
――間違いないですね。
冨田:その上に何語のラップやメロディが乗ろうが、ソニック的な部分だけで満足できる感覚。でも、それは伝統的な価値観、ポップソングプロデュースの観点から言うと、スタンスとしてはちょっとアマチュアっぽいとも言える。やっぱりメインボーカルが乗るのであれば、それも含めた全体像として曲を捉えるのがプロフェッショナルだという意識が一般的だし、僕も基本的にはそう。でも、僕もアマチュア時代に曲を作り始めたときは「このトラック、ヤバい!」だけで満足していた時期もあったわけで。それを思い出すと、ドメスティックではないところにアプローチしたいと思ったときは、そのマインドが重要なのかもしれないとちょっと思ったりするね。
――規模感としても、より直感的かつミニマムな制作背景で冨田さんが作ったビートに、それこそまだ無名な海外のシンガーやラッパーの歌唱やフロウが乗っている曲を聴いてみたいという興味は、リスナーとしてすごくありますね。
冨田:うん、自分も興味があるし、やりたいことのひとつではある。CDを非圧縮でアーカイブ化した話をしていて思い出したんだけど、インターネット回線が太くなったこともすごく大きくて。2011年にこのスタジオに引っ越してきたときは重いデータを送るのにそれなりの時間がかかったし、有線じゃないと絶対無理だった。でも、Wi-Fi環境も含めて、2015年くらいまでの間に大幅にアップデートされたじゃないですか。そういう面でも海外アーティストとコラボをするのに障壁が少なくなっているので、余計に興味が湧いてるところはあるね。今はWeb3.0的な概念も出てきて、これからどんどん変化していくだろうし。
――冨田さんの作品はポピュラーミュージックとしての訴求力が高いと同時に、例えばNFT音源としてリリースするやり方とも相性がいいと思いますね。
冨田:そうですね。実際、今度の20周年イベント(7月15日にTOKYO DOME CITY HALLで開催される『冨田ラボ 20th Anniversary Presents “HOPE for US”』)のS席には特典としてオリジナル音源のNFTがつくんだよね。
――あ、そうなんですね!
冨田:そう。このライブ用に披露する新曲のデモ音源で。それは僕がWeb3.0的なことに敏感なわけではなく、スタッフのアイデアなんですけど、僕も面白いと思ったからやってみようと。僕は『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer"』(2018年10月)というタイトルのアルバムを出したくらいずっとコンピューターとともに音楽を作ってきて。コンピューターに付随するテクノロジーはもちろんまだまだ発展していくと思うし、ずっとそれと付き合っていくんだと思う。
AI作曲がポピュラーミュージックとして成立する可能性
――そういう意味で言うと、今世の中で語られているAIの脅威については音楽家としてどう見ていますか?
冨田:どうだろうね。意外と僕はCM音楽の仕事って今まで1〜2回くらいしかやっていないんだけど、例えばCMのクライアントから「海辺でゆったり踊ってる女性がいて、そのシーンに合うような音楽を作ってくれ」と言われたときに、そのコンセプトをそのままAIに入力すれば曲を作れる状況にはなってるんですよ。先日、WONKの(江﨑)文武さんとそういう話になって、「ビートは1992年のハウスの感じで、BPMは〇〇くらいで、マイナーコードの曲を作ってくれ」って入力して生成された曲をパッと聴いてみたんだけど、僕らのリアクションは「ははは(失笑)」という感じで。現時点のAIの能力って音楽家からするとそんなもんなわけ。
――なるほど、興味深い。
冨田:だけど、もしかするとあまり音楽に明るくないクライアントや、仕事を早く終えたいコーディーネーターからすると、「バッチリです」ということになるかもしれない(笑)。商業音楽として考えたときに、AIはかなり有効という言い方もできるかもしれないよね。例えば「恋人と別れてしまったけど、前向きに生きようとしている人がいる」みたいなよくある映画のストーリーに合ったエンディング曲を作るとして、その人の心情を歌うようなバラードはAIで作れる気がする。でも、ある人間の作曲家がそういう曲を作ったとしても、人によっては「普通のバラードだよね」と言って聴く価値はないと判断するリスナーもいるわけじゃないですか。ポピュラーミュージックにおいては、大多数が支持したら成立すると考えれば、AIが作った映画の主題歌で感極まる人が大勢いたら、成功と言っていいかもしれないわけで。
――音楽におけるAI的ポピュリズムというか(苦笑)。
冨田:でも、僕はポピュラーミュージックと呼ばれる音楽を作ってきたけど、この20年を考えてもそういうスタンスで作ったことは一切なかったから。
――まさにそこですよね。
冨田:もし僕がさっき言ったような映画で流れる曲を作ってほしいと依頼されて、非常にオーソドックスな、ただのJ-POPバラードみたいな曲を作ってしまったら、僕はそれを絶対にボツにするわけ。やっぱりそこに記名性というか特徴、音楽的な驚きがありつつ、その映画のエンディングにかかるものとしても機能する、その両方を兼ね備えた100点以上の曲ができた上で初めてOKを出すわけで。音楽に価値を置いているリスナーたちが感心するような曲をAIが作るようになるまでは、もうちょっと時間がかかると思うけど……でも、時間をかければできるようになる気もするよね(苦笑)。そのあたりはまだなんとも言えないというのが正直なところかな。