Lucky Kilimanjaro 熊木幸丸、自問自答の末に辿り着いた“踊ること”の本質 ダンスミュージックを通して表現する心の流動性

 Lucky Kilimanjaroの新作アルバム『Kimochy Season』は、しなやかで美しく、繊細で勇敢な傑作である。これまでも「ダンスミュージック」という一貫した軸をもとに、その表現ーーそれは音楽性だけでなく、人の心への向き合い方すらもーーを豊かなものに進化させてきた彼らの楽曲は、それゆえに、そのリズムの神秘性の奥に、この時代を生き抜くためのヒントすら抱いている。そして、本作のタイトルにある言葉を借りるなら、それはとても「気持ちいい」形で、聴き手に伝わってくる。例えば、アルバムの7曲目に収録された「咲まう」の美しく穏やかな抑揚に身を預ければ、私はとても満たされた気持ちになる。自分が越えてきた、たくさんの幸福な夜を思い出して、この暗闇のような日々を歩き続ける勇気が胸に灯るのを感じる。

 「季節」という、変化を象徴するモチーフが掲げられた本作に、Lucky Kilimanjaroは何を込めたのか。熊木幸丸に話を聞いた。(天野史彬)

内省的な状態も、楽しい状態も、両方を持ったうえで踊り続けたい

ーー新作フルアルバム『Kimochy Season』を聴いていると、アップリフティングな力強さのあった前作『TOUGH PLAY』に比べて、聴き手の心に寄り添う柔らかさを感じます。収録されているいくつかの楽曲には「季節」というモチーフが通底しているようにも感じましたが、作り出すにあたって考えられていたことはありますか?

熊木幸丸(以下、熊木):去年、ロシアとウクライナの戦争があったり、僕自身が結婚したりということがあり、「変化」というものに自分の脳を奪われる瞬間がすごくあったんですよね。もちろん、コロナで社会の状態が徐々に変化しているということもありましたし。そういう変化に対して、付いていくことができない自分や、どう接すればいいかわかっていない自分もいました。そういう前提があってできたのが、夏のシングルとしてリリースした「ファジーサマー」と「地獄の踊り場」だったんです。その2曲があったことに加えて、前作の『TOUGH PLAY』が明るくてカラッとした質感があった分、「最近のラッキリは、踊ることの楽しい側面ばかりにフォーカスを当てて伝えてしまっていたんじゃないか?」という自省もあって。

Lucky Kilimanjaro「ファジーサマー」Official Music Video

ーースタンスが偏ってしまっている感覚があった?

熊木:そうですね、そもそも僕にとってダンスミュージックって、心のモヤモヤも含めて一緒に踊ることのできる音楽だったはずなんです。でも、その魅力を本当にお客さんに伝えることができているか? と考えていると、そこに葛藤も出てきて。そういうことがぼんやりとあった中で、曲を書いたり、歌詞についてのコンセプトをまとめていくうちに、徐々に今回のアルバムに焦点が合っていった感じでした。なので、作り出す前に「これだ」というものを決めていたわけではないんです。「季節」というテーマも、「日本人にとって自然に受け入れられる変化って、季節だよな」と、作りながら気づいた感じで。

ーー社会的な状況を見てもそうですし、あるいは、もっとミクロな人付き合いの中でもそうですけど、「何かが変化している」というのは、近年、僕も強く感じます。それゆえの不安もあるし、「このままではいられないんだろうな」という感覚が強くある。

熊木:うん、そうですよね。

ーーそうしたムードを作品化しようとしたときに、もっと内省的で重たい方向に突き進む可能性もあったのかなと思うんです。でも、今作『Kimochy Season』は全体的にしなやかで軽やかなアルバムで、決して重苦しくはない。そうした全体のトーンに関して、意識されていたことはありますか?

熊木:『Kimochy Season』というタイトルもそうですけど、内省的なものをいかに「気持ちいいダンスミュージック」として表現するかということを、今回は意識しています。それはたぶん、自分が根本的に持っているものなんだと思うんですよね。未来に向かって行きたい気持ちが出ているというか。ただ内省的なことをみんなでシリアスに考えるというより、内省的な状態も、楽しい状態も、両方を持ったうえで踊り続けたいという気持ちがある。やはり、自分はダンスミュージックでみんなの心を豊かにしたいですし、ざっくりした言い方ですけど、いいベクトルに向かわせたいという気持ちがあるんだと思います。

ーーラッキリは作品を追う毎に、独自の形でダンスミュージックの肉体性を作品に消化しているように感じるし、それはサウンドだけでなく、言葉の在りようにも現れているように感じます。今作を作るうえで、サウンドや言葉の面で考えられていたことはありますか?

熊木:今回は、言葉やコンセプトも含めて、できるだけ自分の心のままに表現しようとしていて。思い返すと、前作や前々作はギミックやテクニックに頼って、心から出たものを整理したうえで、歌詞やサウンドを出している部分があったように感じるんです。それよりも今回はもっとスピード重視というか、自分の心からポンっと出たものを、そのまま出したいなと思っていて。なので、言葉がリフレインだけになったり、シンプルになっている部分もあると思います。そういう言葉が溶け込むことができるトラックや歌い方、アーティキュレーションの付け方を意識しました。歌詞と歌とサウンドが、ひとつのコンセプトの中でスッと入っている形というか。

Lucky Kilimanjaro「一筋差す」Official Music Video

ーー「心のままに表現する」ことって、恐らく、それを意識すればするほど遠のいてしまうものでもありますよね。

熊木:そうですね、自分にボイストレーニングをしてくれている先生が「グルーヴって何なのか」ということを教えてくれるんですけど、「作為的であればあるほど、グルーヴはなくなる」とよく言われるんです。「一番何もしようとしていない時が、一番ちゃんとグルーヴする」って。そういうこともあり、今回は、自分の心をそのままグルーヴとして出力することを、歌詞の面でもサウンドの面でも、ひたすら意識しました。この感覚を言語化するのは難しいんですけど、いかに自然なリズムとして自分の中から出てきたものを、そのまま再現できるかを大事にしています。なので、前作より制作時間はかかっていないんですよね。作為的なものが減ったので、「はい、出てきました!」「なんか、できてました」みたいな感じで(笑)。

Lucky Kilimanjaro「Heat」Official Music Video

ーーなるほど(笑)。

熊木:表面的なテクニックで評価されないようにしようとした、という部分もあるかもしれないです(笑)。単純に「楽しいもの」「気持ちいいもの」として受け取ってもらいたかったので。もちろん、テクニックで評価されるものも、それはそれで価値はあると思うんですけど、日本人が「踊る」ということを考えた時に、テクニックが前に出すぎちゃうと、踊ることが作為的になっちゃうと思うんですよね。もっと、「今、気持ちいいベースが鳴ったからなんとなく踊っちゃった」くらいの感じでいいんです。テクニックの話は、それが終わった後でいい。

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