『バビロン』暴力的な物語を加速させる“コントロールされた不協和音” 『ラ・ラ・ランド』との共通点も見える映画音楽を解説
『ラ・ラ・ランド』を彷彿とさせる「マニーとネリーのテーマ」
このサウンドトラックには、あらゆるスタイルの音楽がごった煮状態でコンパイルされている。M-13「キネスコープ・ラグタイム・ピアノ」は、そのタイトル通りラグタイム(リズムがシンコペーションになっている音楽ジャンル)のナンバーだし、M-32「ハースト・パーティ」はあからさまにモーリス・ラヴェルの「ボレロ」を意識したクラシック。M-37「トード」に至っては、ヘビーなシンセサイザーが脳天にまで響く実験的エレクトロニカだ。さらには、カズー、スライドホイッスル、カリオペ、メロトロンと、アフリカからラテンアメリカまであらゆる大陸の楽器が集められ、エキセントリックすぎる魔境的サウンドが耳を喜ばせてくれる。
また映画音楽ではよく使われる手法だが、『バビロン』でもいわゆるライトモチーフ(特定の人物に結びつけられた主題)が繰り返し登場する。特に印象的なのは、M-2「マニーとネリーのテーマ」だろう。マニー(ディエゴ・カルバ)と新進女優のネリー(マーゴット・ロビー)がハリウッドで描いた夢、その栄光と挫折。明らかに『ラ・ラ・ランド』の「ミアとセバスチャンのテーマ」と同趣のモチーフであり、(おそらく意識的だろうが)コード進行もよく似ている。
実はこの「マニーとネリーのテーマ」には、3台のピアノの音がブレンドされている。美しくまろやかな音を奏でるスタインウェイ、少しチューニングが狂ったスピネットピアノ、そしてまるっきりチューニングが狂ったアップライト。それを掛け合わせることで、「夢、栄光、挫折」という悲喜こもごもを、ひとつの楽曲の中で表現してしまったのだ。見事な計算としか言いようがない。
意外なことに、これまでジャスティン・ハーウィッツはデイミアン・チャゼル以外のフィルムメーカーと仕事をしたことがない。プリプロダクションの段階でチャゼルは彼に絵コンテを共有し、イメージを膨らませていく作業を行なっているというから、余人をもって代えがたい強固なパートナーシップを築いているのだろう。
とはいえ今後は、彼が別の映画監督とコラボレーションする機会もあるはず。そのときジャスティン・ハーウィッツは、どんな音を鳴らすのか。どんなコンセプトでスコアを組み立てるのか。今からそれが楽しみで仕方がない。
※1 https://www.motionpictures.org/2023/01/babylon-composer-justin-hurwitz-deconstructs-his-oscar-shortlisted-score/
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