『錆喰いビスコ』のキャラクターを際立たせる音楽 椿山日南子が語る、幅広い引き出しで挑んだ初の劇伴制作

 2022年1月より放送中のTVアニメ『錆喰いビスコ』(TOKYO MXほか)。全てを錆びつかせる「錆び風」が吹き荒れ、生命を蝕む錆に怯えながら人々が暮らす世界で、主人公の赤星ビスコと猫柳ミロが、錆を浄化する霊薬キノコ「錆喰い」を求めて冒険していくストーリー。日本を舞台にしているものの、どこか異国感が漂っていることも本作の特徴であるが、そんなアニメの劇伴を収録したサウンドトラック『「錆喰いビスコ」オリジナルサウンドトラック』が3月16日に発売された。劇伴を担当したのは、上田剛士(AA=)と椿山日南子だ。リアルサウンドでは2人へのインタビューを通して、音楽面から『錆喰いビスコ』を紐解いていく。第2回となる本稿には、椿山日南子が登場。多彩な楽曲でアニメの情感を彩っていく椿山だが、どのような音楽ルーツを持ち、どのようなインスピレーションを得ながら『錆喰いビスコ』の音楽を作り上げていったのだろうか。作品に真摯に向き合いつつ、自由な曲作りを行う椿山の感性に触れてみて欲しい。(編集部)

【2022年1月10日より放送開始!!】TVアニメ『錆喰いビスコ』本PV第2弾

「独特なストーリーに音楽をつけることはやりがいがある」

ーー椿山さんはワルキューレや『ラブライブ!スーパースター!!』、畠中祐さんなど様々なコンテンツ/アーティストに楽曲提供をされていますが、どんな経緯で作家活動をされるようになったんですか?

椿山日南子(以下、椿山):もともと3歳くらいからエレクトーンを習っておりまして。そのときはいろんな習いごとのうちのひとつでしかなかったんですけど、小学2年生のときに作曲コンクールに参加するようになったことで、演奏するよりも曲を作ったり編曲するほうが自分には向いているなと感じ始めるようになったんです。その後、音大の映画・放送音楽コースでいろんなことを学んでいく中、歌モノの作曲をしたいという気持ちが強くなり、今の事務所(ドリームモンスター)に所属させていただくことで作家活動をスタートさせました。

ーー椿山さんの手掛けた楽曲は弦の使い方が印象的なものが多いですよね。オーケストレーションに関しては大学で学ばれたんでしょうか?

椿山:そうですね。大学でも学びましたし、そこで出会った友人たちと一緒に学び合ってきたところもあります。王道ではありますけど、私自身がハマっていた『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のオーケストラサウンドトラックから受けた影響が一番大きいような気がします。

ーー2020年にはTVアニメ『キラッとプリ☆チャン』(テレビ東京系)で劇伴オーケストレーションを手がけられていますよね。それが劇伴に関わった初めての作品ですか?

椿山:『プリ☆チャン』では2曲だけお手伝いさせていただいたんですよ。なので、自分自身で劇伴をしっかり手掛けるというのは今回の『錆喰いビスコ』が初めての経験だったんです。

ーー今回オファーを受けたときはどんなお気持ちでしたか?

椿山:『錆喰いビスコ』が素晴らしい作品だけに、「私で大丈夫なんだろうか?」というプレッシャーや緊張はありました。ただ、打ち合わせで詳しい内容を聞かせていただいたときに、王道なだけではない、ちょっと独特な要素も含まれるストーリーに音楽をつけることは非常にやりがいがあることだなと思うことができて。ワクワクしましたね。

ーー打ち合わせではどんな話をされたんですか?

椿山:まず言われたのが、キャラクターの特色を強く出した曲にしろ、日常の曲にしろ、何か具体的な民族をイメージさせないものにして欲しいというオーダーがありました。舞台に関しても、日本ではあるけど「ここはどこなんだろう?」というちょっと不思議な雰囲気を求められた曲が多かったと思いますね。いただいたオーダーの中にはすごくイメージしやすいものもあれば、私が今までに聴いたことのないようなタイプのものあったので、そこでまたちょっと不安にはなったんですけど(笑)。

ーー脚本や絵コンテなど、曲作りのヒントになるような資料もあったわけですよね?

椿山:そうですね。いただいた台本に目を通したりとか、あとは自分自身でいろいろ調べてみたりもして。YouTubeに上がっていた原作の朗読は、すごく面白く聴けましたし、それによって作品の世界観をより深く知ることもできて。キャラ同士が話している様子で関係性がはっきり見えてきたりもしましたね。そういう作業によって曲を作りやすくなったところはありました。

ーー椿山さんはかなりの曲数を担当されていますが、全体的にご自身なりの方向性やルールを設けたところはありましたか?

椿山:方向性……とはちょっと違うかもしれないんですけど、最初に作ったのが「錆とキノコ」という曲だったんですよ。最初ということでちょっと苦しみながら作りはしたんですけど、1曲の中でどんどん移り変わっていく表情を盛り込むことができたんです。それは結果として、私が手がけた何十曲もある楽曲全体を象徴するものになったのかなって漠然と思ったりはしましたね。

ーーいろんな要素が詰め込まれている曲ですよね。

椿山:そうなんです。1曲の中でコロコロと景色が変わっていく感じというか。そこで出てくるいろいろな表情を、それぞれ他の曲でもうちょっと深堀りしていく作り方をしたところもありましたね。

「不穏な曲だけでどう差別化していくかは挑戦だった」

ーー普段作られている提供楽曲と劇伴では、制作のアプローチにおいてどんなところに違いがありますか?

椿山:テンポがかなり遅いものや、逆にかなり速いものも歌モノではあまり経験がなかったので、普段のように作ると間がもたなくなったりするんですよ。あとは、歌モノの感覚で作るとちょっと派手になりすぎて、劇伴にはふさわしくないものになったりすることもあって。そのあたりの足し引きみたいな部分は、普段の曲作りとは大きく違うところかもしれないですね。ただ、私は使われるシーンの中で人間関係がしっかり見えるような音楽を作ることを劇伴では心掛けていたんです。その場の状況だけでなく、キャラクターの性格や特色まで音楽で後押しできたらいいなって。そこに関しては、歌モノに近い部分もあったんですよね。

ーーなるほど。歌モノの場合も、その曲を歌うアーティストの人柄や個性を意識して作られているということですか。

椿山:そうです。できる限り、歌う方の個性をすくい取った上で曲を作りたいと思っているので。そういった経験は劇伴を作る上でも役に立ったなと思いましたね。

ーー弦を効果的に使っている曲が多いのも、椿山さんらしいところではありますよね。

椿山:もともと私は弦が好きなので、つい使ってしまうというのもあるんですけど(笑)。でも、やっぱり緊迫感が必要な曲には金管と弦をメインにしようという思いは最初から持っていました。弦の使い方に関しても、今回はいろいろな挑戦ができたと思います。

ーーご自身的に特に挑戦だった曲と言うと?

椿山:戦闘曲っぽいものや不穏な雰囲気の曲はかなり挑戦でしたね。しかも不穏な曲だけで何種類か作らなければいけなかったので、どう差別化していくかっていうのはすごく考えさせられました。歌モノをやっているだけではなかなかできない経験だったと思います。具体的に言うと、DISC1の5曲目に入っている「違和感」は、どう抜け感を出すかという部分でかなり工夫をしましたね。自分としてはなかなかよく作れたなと思える自信作です。

ーー不穏さという意味では「路地裏」も印象的ですよね。

椿山:そうですね。この曲は弦のカルテットが後半になるにつれて前面に出てくるようにして。ちょっと現代音楽っぽい感じを出せたらなと思いながら作りました。

ーー緊迫感や不穏な雰囲気を持った曲がある一方で、「押し問答」や「チロル」といったちょっとコミカルなタイプの楽曲もあったりして。

椿山:コミカルなものは比較的、作りやすかったですね。ただ、普通に作ってしまうとどうしても子供っぽくなってしまうので、改めて自分の好きな映画『バーレスク』のサウンドトラックを聴き直して、ちょっと大人な世界の滑稽さを落とし込んでみる挑戦はしました。「押し問答」ではちょっとダウナーな、胡散臭い感じを出してみたりもして。思いつきで入れたスクラッチも、『錆喰いビスコ』の近未来感にマッチした気がします。

ーーかと思えば、グッと切なさがにじみ出ている「別れ」のような曲もあって。

椿山:「悔恨」「仲間」「別れ」といった曲は、共通してちょっとノスタルジックな雰囲気を出すことを意識して。ただ、その中でそれぞれ微妙に違うニュアンスを出したかったので、いろいろ考えた結果、楽器構成をちょっとずつ変えることにしました。

ーーまた、「紫煙」という曲のブラスはまるで歌うようにメロディを奏でていて。そこは普段、歌モノを多く手掛けているからこそ出る特徴なのかなと思ったのですが。

椿山:確かにメロディが前に出る感じはありますよね。そこは普段、歌モノを作っているからこそ、意識せずとも自然とそうなってしまうというか。手癖みたいなものなのかもしれないです。ちなみに「紫煙」は「錆とキノコ」と対になるイメージで作りました。

ーー「巡回」ではちょっとロックな雰囲気を感じることができましたが、そういったジャンルの曲にも触れてきているんですか?

椿山:キャラクターの特性が見えていいんじゃないかなと思って選んだサウンドだったんですけど、実際にはあまり多くは聴いてきていないタイプのジャンルではありますね。ただ、映画のサントラで菅野祐悟さんの曲をよく聴いていた時期があったので、この曲に盛り込んだちょっと力強いサウンドというのはそこにルーツがあるのかもしれないです。

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