ビリー・アイリッシュの5年間を辿る【後編】 2ndアルバムで迎えた新たなフェーズ、ポジティブなメッセージを与える存在へ

 そして、今のビリー・アイリッシュは2ndアルバム『ハピアー・ザン・エヴァー』を通して、また新たなフェーズを迎えている。まず多くのファンを驚かせたのは、2021年5月の『British Vogue』誌に登場した際のビジュアルである。コルセットでウエストを絞り、ボディラインを強調した服装と、マリリン・モンローを彷彿とさせるようなブロンドヘアは、クラシックな美しさで満ち溢れていながらも、それまでのビリーのスタイルに親しみを抱いていた人々に大きな衝撃を与えた。もちろん、この変化は2ndアルバムという大きな区切りを目前とした、ビリー自身によるアイデアだったわけだが、その背景には前述したような“今までにない新たなスタイル”を賞賛する空気に対しての違和感があった。体を露出しない「から」素晴らしいのではなく、あくまで「服装やスタイルで人を判断するべきではない」というメッセージこそがビリーの主張。そして、その誤解が広まる前に、1stアルバム時点とは真逆とも言えるスタイルを選択することで、改めてその本質を浮き彫りにしたのである。それは、同誌のインタビューにおける、その後に巻き起こる批判を先読みしたかのような発言からも明らかだ。

「もし突然、肌を見せたいと思ったら偽善者扱いされるし、軽薄だとか、淫乱だとか、娼婦だとか言われることになる。もし私がそうなら、誇りに思う。私も女の子たちもみんなhoesだしクソくらえ。そういう状況をひっくり返して、力をつけていくんだ。身体や肌を見せても、見せなかったとしても、あなたから尊厳が奪われることがあってはならない」(※4、筆者訳)

 また、この時のビジュアルは、2ndアルバムの作風をも示唆している。ドキュメンタリー映画『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』でも描かれていたように、前作の制作プロセスは締め切りに追われ続け、「売れる曲を作らなければならない」というプレッシャーにも襲われる非常にストレスフルなものだったが、今作においては(おそらくパンデミックによる影響も相まって)完全に自分たちのペースで制作を進めることができ、前作以上に音楽性の幅が広がった作品となっている。

 1stアルバムを彷彿とさせるような、ダークなインダストリアルポップを音像面でさらに進化させたような楽曲はもちろん、特徴的なトレモロの音色が耳をつんざくアヴァンギャルドなポップソング「Oxytocin」、シンプルなピアノの音色が美しい歌声を彩るオーセンティックな名曲「Halley’s Comet」、ヒップホップからの影響を色濃く感じさせるグルーヴィな「Lost Cause」、そしてこれまでにない激しいロックサウンドによるカタルシスの瞬間が訪れる表題曲「Happier Than Ever」など、フィニアスとビリーのソングライティングスキルの進化を存分に堪能することができる。

Billie Eilish - Happier Than Ever (Official Music Video)

 また、無邪気で、どこか危なっかしさも感じられた前作に対して、今作はビリーの気品に満ちた美しいジャケットの姿からも分かる通り、どの楽曲も丁寧に磨き上げられ、ポップスとしてより普遍的な輝きを放っているように感じられる。そして、それは今作のビジュアルイメージ同様、単に新しさのみを意識するのではなく、今なお輝きを失うことのないクラシックな芸術からも深い影響を受け、かつリスペクトを抱いているからこそ実現できたのだろう。本作の制作期間にあたる2020年7月の『American Songwriter』誌のインタビューでも、ビリーは幼少期に聴いていたThe Beatlesやフランク・シナトラから多大なインスピレーションを受けていると語っていた(※5)。

 もちろん、その芯となっているのはビリーの歌声である。歌唱における表現力、息づかいや口元の動きなど、前作以上に質感を捉えた録音にも唸らされる。実は本作のボーカルエンジニアをビリー自らが担当しているのだ。楽曲のテーマは、名声を手にしたことによる代償や、実際に経験したであろう有害な人間関係など前作以上にリアルかつダークなものが多い。一見するとポジティブに感じられる『ハピアー・ザン・エヴァー』というタイトルも、あくまで「前よりはマシ」というニュアンスで捉えるのが適切だろう。だが、今のビリーはそうしたネガティブな感情を完成度の高い作品へと昇華させ、彼女を支持する人々へポジティブなメッセージを与える存在へと成長している。

Billie Eilish - my future (Prime Day Show x Billie Eilish)

 デビューから5年を経て、今ではテイト・マクレーやオリヴィア・ロドリゴといった後輩にあたるアーティストも登場し、ポップカルチャーにおけるビリー・アイリッシュの存在はさらに重要なものとなっている。だが、それでもまだ5年しか経っていないのだ。本作においても「my future」で歌われている通り、ビリーの未来には我々がまだ知らない、ポジティブな可能性が満ち溢れている。

「私は自分の未来に恋している(I'm in love with my future.)」

※1:https://www.nme.com/big-reads/big-read-billie-eilish-interview-nme-100-2019-2425970
※2:https://www.lamayor.org/LAVoteswithBillieEilish
※3:https://en.vogue.me/fashion/billie-eilish-truth-calvin-klein-new-campaign-video/
※4:https://www.vogue.co.uk/news/article/billie-eilish-vogue-interview
※5:https://americansongwriter.com/billie-eillish-interview/

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ビリー・アイリッシュ『ハピアー・ザン・エヴァー』

■リリース情報
ビリー・アイリッシュ
2ndアルバム『ハピアー・ザン・エヴァー』
発売中 
配信はこちら 

【通常盤】
UICS-1374/¥2,750(税込)
CD歌詞・対訳・解説付
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【デラックス・エディション】
UICS-9172/¥3,630(税込)
CD 歌詞・対訳・解説付
日本限定キーホルダー
ポスター封入 (B3サイズ予定)
ステッカー 7cm x 5cm(全4種類のうち1枚をランダム封入)
購入はこちら

 <トラックリスト>
1. Getting Older / ゲッティング・オールダー
2. I Didn’t Change My Number / アイ・ディドゥント・チェンジ・マイ・ナンバー
3. Billie Bossa Nova / ビリー・ボサノヴァ
4. my future / マイ・フューチャー
5. Oxytocin / オキシトシン
6. GOLDWING / ゴールドウィング
7. Lost Cause / ロスト・コーズ
8. Halley’s Comet / ハレーズ・コメット
9. Not My Responsibility / ノット・マイ・レスポンシビリティ
10. OverHeated / オーヴァーヒーテッド
11. Everybody Dies / エヴリバディ・ダイ
12. Your Power / ユア・パワー
13. NDA / NDA
14. Therefore I Am / ゼアフォー・アイ・アム
15. Happier Than Ever / ハピアー・ザン・エヴァー
16. Male Fantasy / メール・ファンタジー

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