福山雅治が追求する“今しかできない”表現の可能性 鮮烈な音響&ステージ演出で『AKIRA』映像化した初のオンラインライブ

 福山雅治の立つ“そこ”はどこだろう?

 見る限り真っ白い壁に囲まれた空間はおよそこれからライブが始まるような場所には思えない。

「こんばんは、福山雅治です。今ご覧になっているあなたにとって、そして僕にとってもまったく想像していなかった形でのライブです。ですが、今しかできない音楽、今しかできない映像表現を存分に楽しんでいただけたらと思います」

 “今しかできない”という言葉がすぐさま照射するものは、コロナ禍におけるエンターテインメント、という事実だろう。本来であればこの時期、全国ツアー『WE’RE BROS. TOUR 2020-2021』が開催され全国各地を飛び回っていたはずだった。しかし今年はやむなく来年に延期という判断を下した。それゆえのオンラインライブ開催ーーという側面ももちろんある。けれど、福山がここで言った“今しかできない”という言葉はより深く彼の表現領域に根差すものなのだということが、彼自身初となるオンラインライブ『FUKUYAMA MASAHARU 30th Anniv. ALBUM LIVE AKIRA』には込められていた。

 まず、度胆を抜かれたのが音のクオリティだ。冒頭の挨拶の後、福山はマイクスタンドにセットされた、Neumann TLM 107に向かってマイクチェックを始める。そのクリアな音の近さにまずハッとさせられる。そして1曲目の「AKIRA」のイントロでアコースティックギターの印象的なフレーズとキーボード、さらに同期された打ち込み音に続いて福山のボーカルが重なった瞬間、今までテレビやスマホで聴いたことのない音の中に自分がいることに気づかされた。各楽器の微妙なニュアンスが相殺されることなく際立ったままひとつの音塊となって届く。その時点で、福山はこのオンラインライブで、“ライブ”とはまた違った表現を追求しているのではないか、という大いなる期待が高まった。

 2曲目の「煌」、そして「暗闇の中で飛べ」とライブは進んでいく。ここまでの3曲で気づいたのは、派手な照明がないということだ。「AKIRA」は完全にモノトーンの世界で、続く2曲にしても床面のLEDはあるにせよ、普段ライブで見るような派手な照明が動き回る、というような演出はなかった。

 このオンラインライブの2日前のことだ。福山はこんなことを語っていた。

「“どれだけ通常のライブから逸脱することができるか”が、今回のオンラインライブのテーマです。僕にとってライブとは、オーディエンスと共に創り上げてゆくもの。そのライブを創り上げる上で最も重要な“オーディエンスという表現者”たちが会場にいないということを、逆説的、かつ有機的に捉えられないかと考えました」

 オーディエンスとして会場で目撃するステージと、画面越しで観るオンラインライブとでは、観ているものが根本的に異なるのではーーそうした命題を立てて一度、30年かけて築き上げたライブという土台を壊し、新たに“オンラインライブにおけるライブ”を創り上げたのが今回の斬新な表現というわけだ。面白いのは、当たり前だと思っていたライブ感をどんどん剥ぎ取っていくことが、今しかできないライブ感を獲得していったという、まさに福山の言うところの「逆説的、かつ有機的」プロセスが発生したことだ。ただし、どうしても外せなかったものがある。それがオーディエンスの歓声や拍手だ。福山はそれを、例えばギターやキーボードなどと同列の音楽的マテリアルとして捉え、曲と曲の間に組み込むことで、セットリスト全体をひとつの物語として編むことに成功している。しかもその歓声は、過去ライブの音源やどこかにある素材などではなく、このライブのために彼のラジオ番組を通じてファンから募集した“生の声”だ。その一つひとつの声が合わさり、その瞬間だけの大きな歓声となっている。

 「暗闇の中で飛べ」の後のMCで福山はこう言った。「どこかの誰かのよくわからない声ではなくて“顔の見える声”ですよね。これまで年末に開催していた『福山☆冬の大感謝祭』でずっと聴いてきた声です。この声を聴いているだけでみんなの顔が思い浮かびます」

 「革命」「Popstar」はステージを移動してパフォーマンスされた。実は今回のために3つのステージが用意されているのだ。ひとつはアルバム『AIKRA』のアートワークで表現されている異次元世界を彷彿とさせる【『AKIRA』ステージ】、そしてカメラアングルによって異なる背景演出を可能とする【センターステージ】、全面が白で覆われた【ホワイトステージ】。この3つのステージを行き来しながら各曲の世界観を創っていく。【センターステージ】での「革命」と「Popstar」のパフォーマンスを終え、再び【『AKIRA』ステージ】へ。そこで「漂流せよ」、さらに映像を挟んで【センターステージ】で「トモエ学園」を披露した。無数のキャンドルの明かりが揺れる幻想的な空間は曲の世界観と相まって心に迫るものがあった。この後も、「失敗学」「甲子園」を【『AKIRA』ステージ】で、さらに【ホワイトステージ】で「ボーッ」と「心音」のパフォーマンスに臨んだ。さながら、壮大な試みがなされているライブの実験場(ラボ)とでも言うべき現場を目撃しているような趣があった。

関連記事