アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』特別企画

Eve×loundraw×タムラコータロー監督『ジョゼと虎と魚たち』鼎談 アニメーションと音楽がもたらすクリエイティブの相乗効果

Eveがloundrawのイメージボードに影響を受けて制作した2曲

——歌詞に関してはどんなところから書いていったんでしょうか?

Eve:やっぱりこの『ジョゼ』という作品にいろいろなものを与えてもらった感じはありますね。特に、恒夫とジョゼはすごく真っ直ぐなんです。恒夫の夢を追う姿勢、ジョゼの不器用なところが共感できる部分も多くて。二人を見ていて、初めてのものに触れたときの記憶や、前に進む勇気や、昔持っていたけれどいつの間にか忘れてしまったようなピュアな気持ちを思い出させてくれるような作品だと感じたんです。それに、過去の後悔や、あやまちや、自分が失敗だと思っていたものも、全てかけがえのない、意味のあるものだったと気づかせてくれるような、そういう不思議な魅力を持った作品だとも感じていたので。そこと自分の音楽との共通項だったり、寄り添い方を探っていきながら作っていきました。

——ご自身の音楽との共通項というのは、どんなところに感じましたか?

Eve:やっぱり内面的な部分が多いんじゃないかなと思います。『ジョゼ』には二人以外にも様々な人達が出てきて物語が進んでいくんですけど、彼ら彼女たちが抱える葛藤とか思いみたいなものって、今まで自分が作ってきた音楽や言葉もそういうところから出ている部分があるように思うんです。なので、彼ら彼女たちが抱えている内面的な部分の共通項を探って書いてきました。

——サウンドや曲調については、どんなイメージから組み立てていったんでしょうか?

Eve:初めてのアニメーション映画に関わらせていただいたので、スケールの大きいものを作りたいなという意識はありました。映画館という、音楽を浴びられる場所でかかるものだからこそ、いつも作っている音楽よりも壮大なものを作ろうというのは意識しながら詰めていきました。

タムラ:Eveくんに曲を発注した時点では、あまり制作資料がなかったんですよ。本編の絵コンテの初稿が完成していたくらいだったかな。その時に手がかりになったのがloundrawくんのイメージボードだったと思います。あとは絵本奈央さんのキャラクター原案とジョゼの家の美術設定がいくつか。だから、きっとEveくんはこのボードを見ながら曲をイメージしてくれたんじゃないかと。

Eve:それはすごくありました。特に色味みたいなところによって曲のカラーも決まってくるので。そういう部分では、この2曲はイメージボードに影響を受けて、そこに自分のフィルターを通して出来ていった感じはありますね。

――loundrawさんのイメージボードから曲のアイデアが膨らんだんですね。

Eve:それこそ曲のタイトルに「蒼」がついていたり、空や海のイメージがあったり、そういうところはイメージボードからの影響かもしれないです。僕はイメージボードが好きなんですけど、イメージボードって、そこから無限の想像ができるというか、その一枚から見る人の数だけいろんな物語が生まれると思うんです。そういう意味では、最初からたくさん情報を与えていただくより、いくつかのイメージボードとコンテから作るほうが自分にとってはすごくやりやすくて。自由に作らせてもらった感覚はあります。

タムラ:イメージボードのいいところって、他のセクションが進んでなくても単体で完結できるので、キャラクターと背景込みの叙情的なシーンのイメージがいろんな人に共有できるところにあるんですよ。曲の発注段階では映像側の実制作は全然進んでなかったんですけど、前もって「こういう作品を作りたい」というイメージをEveくんにさっと伝えられる。それはすごく大きかった。

loundraw:イメージボードはあくまで映像、ビジュアル面のイメージ共有のために作らせていただいたものではあったので、それが曲の参考になったという話を聞けて、すごく嬉しいです。映画の雰囲気をつくるという部分で、ちゃんと役に立ったんだなと改めて思えました。担当できて良かったです。

——そもそも、アニメーション制作においてイメージボードが大きな役割を果たすようになったというのは、ここ最近のことなんでしょうか?

タムラ:年々、比重が高くなってきていると思います。loundrawくんも『ジョゼ』のイメージボードをお願いする前に『名探偵コナン』の劇場版のイメージボードを手がけていますし、徐々にそういう職業が求められるようになってきているんですね。アニメーションって、デジタル化してやれることが増えたんですよ。でも、やれることが増えたことで多様なアニメーションが出来るのかと思っていたら、意外と画一的なものが出来上がるようになってきちゃったんですね。現場にいるアニメーターと美術さんだけで作ると、どうしても既存の枠組みからなかなか出られない。どこかで見たことのあるものになりがちで。新しいイメージを生み出すためには「こういうゴールを目指しましょう」という話し合いをするためのコンセプトイラストが必要になってくる。今回はloundrawくんの透明感のある絵を見たときに、彼ならこの『ジョゼ』の世界観を作ってくれるだろうという確信があったので、それが功を奏したという感じですね。

——loundrawさんは、イラストやアニメーションなどいろんなお仕事をされるなかで、イメージボードはどんな仕事というふうにご自身で位置づけていますか?

loundraw:挑戦の場だと個人的には思っています。先ほどEveさんの話の中で「新しい扉を開けた」という話がありましたけれど、僕にとってもそうだったんですね。イメージボードというのは一本の映画の中では演出のひとつとして存在するので、決して常に必殺技が求められているわけではないんですよね。イラストには「こう描けばポップで目を惹く」みたいなセオリーが多少なりともありますが、一本の映画で観る時には、暗いシーンをちゃん暗く描かなきゃいけない、地味なものをちゃんと地味に描かなきゃいけない、ということが求められてくる。なので僕がイラストレーターとしてはおそらく描かなかったであろう絵や色を、今回はむしろ必要としてくださった。そこに応えようと努力できたので、すごく楽しかったですね。

——タムラ監督としては、「心海」を挿入歌として作品の中にどういう風に落とし込んでいったんでしょうか。

タムラ:挿入歌は当初考えてなかったんですが、Eveくんと顔合わせした時に入れようという話が出て。その時にこのあたりのシーンで使おうかという話をしていたんです。「心海」はすごく上手くハマったと思います。特にイントロがすごく好きなんですよ。気持ちが上がっていく感じがある。あの一連のシーン、最初は恒夫の息芝居をまんべんなく入れていたんです。中川大志くんの芝居も好演していてすごく良かったんですけれど、最終的には音楽に委ねたほうがよさそうだと思って、歌が始まったところで曲だけにしちゃいました。

——「蒼のワルツ」に関してはどうでしょうか?

タムラ:実は、シナリオの段階ではエピローグをどうするか、決まっていなかったんです。ある程度の目星はつけていたんですけれど、「エピローグを入れると余計なんじゃないか」とか「観た人の想像に委ねた方がいいんじゃないか」と思ってた部分もあって。ギリギリまで迷ってたんですけど、「蒼のワルツ」が上がってきて曲を聴いていたら恒夫とジョゼのその後が浮かんできてしまって。すごく前向きな曲なので、そういう曲にあわせて二人を描けたらすてきだなと思って、脚本になかったシーンまで足してしまった。曲の力ですね。曲ありきで、エピローグのシーンが生まれたと思っています。

——Eveさんは曲がアニメーション映像に合わさった段階で最初にご覧になった時の印象はどんな感じでしたか?

Eve:「心海」については、本編の中でかかる場所は事前に聞いていたんですけど、実際アニメの映像と一緒に流れてくる音楽を聴くと、また違った印象を受けるというか。すごく映像とマッチしていたのでホッとしたというのがひとつです。主題歌の「蒼のワルツ」は、物語が全て終わって、あれがかかった時に、この「『蒼のワルツ』を作れてよかったな」と思いました。エンドロールの絵にもグッときましたし、試写会で初めて見たんですけど、すごく感動したのを覚えてます。

——タムラ監督としては、最終的に完成しての手応えはどんな感じでしょうか?

タムラ:映画は一人じゃ作れないなとすごく思いましたね。もちろん、発注する時は「こういう方向でやりたい」という青写真は描いて、みんなにプレゼンするんですよ。でも、イメージしていたものよりも、むしろもっと良いものになった。本当に良かったですね。特にエンドロールに関しては、先ほども話したように当初は絵を入れるか迷っていたんです。でも、Eveくんの曲を聴いたら、絵を入れたくなっちゃった。描かされたなと思いましたね。僕がloundrawくんに発注して、loundrawくんから出たものをもとにEveくんが曲を作って、それが翻って僕がさらに絵を追加するっていう流れになったので。制作現場はめちゃくちゃ大変だったんですけど、すごく良い循環ができたなと思います。

蒼のワルツ - Eve MV
心海 - Eve MV

——これは作品と関係なく皆さんにお伺いしたいと思います。タムラ監督もloundrawさんもEveさんも、『ジョゼ』の今回のプロジェクトに限らず、いろんなやり方でアニメーション映像と音楽の新しい有機的な結びつきを形にしていると思うんですね。音楽シーン全体を見ても、90年代から今に至るまで、それがどんどん進化して、より深いつながりが生まれるようになってきている。このあたりをどう見ていますか?

Eve:僕は音楽の聴き方として、学生の頃から動画サイトで音楽を聴くことが当たり前だったんですね。そこで聴く音楽には絵や映像が必ず一緒についている。そういうものを通して音楽に触れてきたので、音楽を作る立場になった今も、今までずっと音楽とアニメーションも同じ熱量で作っているんです。曲が出来てから映像を発注するっていう形ではなくて、作っていく過程から一緒に映像も音楽もゴールまで進んでいくという作り方をずっとしてきたので。今回は映画という大きなものに参加させてもらったんですけど、自分が今までやってきたものに近くて、そういう意味では僕にとっては当たり前の形だったと思います。

タムラ:動画サイトの普及は、本当に大きいですよね。90年代はVHSビデオしかなかったし、ミュージックビデオはMTVのような専門チャンネルでしか観られないのがほとんどでした。映像と音楽を一緒に観るって、なかなか無い体験だったと思うんですよ。でも、動画サイトの普及でその体験が増えた。それによってイマジネーションを広げることができるようになった。映像の方は音楽があることによって気持ちの良いものになるし、音楽の内容の深さを絵で補うこともできる。このバランスが親和性の高さの理由だと思うんですよね。アニメの予告も音楽を中心に作ることが多いですし、それによって作品の内容をよりエモーショナルに伝えることができる。Eveくんとloundrawくんはそういうところへの理解を非常に持ってこの作品に挑んでくれた。幸せなことだったなと思ってます。

loundraw:僕としては、ふたつあるのかなと思います。まず単純に技術的なことからいくと、タムラ監督がおっしゃられていたように、デジタル化というのがすごく大きくて。音楽と映像を同時に観ながら、人の認識を超えた0.1秒みたいな世界をコントロールできるようになった。これはすごく大きな進歩だと思います。もう一つはEveさんがおっしゃられていたことですが、動画サイトがあり、曲に映像があるのが当たり前になっている。そうなると、音が良いと絵が良く見えるし、絵が良いと曲が良く聴こえるみたいなことが往々にして起きる。全てのコンテンツが相乗効果というか、体験を重視するようになってきたんだと思うんです。そういう意味で、あらゆるものが新しい時代に入っているなと思います。

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