宇多田ヒカル、年代ごとのパフォーマンスの凄み 『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』名曲ライブ映像から振り返る

 宇多田ヒカルが8月31日、配信番組『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』を公開した。YouTube特別番組としてプレミアム公開されたこの番組は、宇多田ヒカルスタッフInstagramのストーリーズ・アンケートでファンに選ばれた、ライブ映像全11曲と最新曲「Time」のミュージックビデオで構成されている。2018年に行われた『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』から1999年に開催された記念すべき初ライブ『Luv Live』まで、彼女のキャリアをライブ映像で遡る作品となっている。決して数多くないライブのなかから、ファンの心を掴んだのはどんな場面だったのだろうか? 公開された映像を紹介しながら、その魅力を分析してみたい。

宇多田ヒカル『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』
宇多田ヒカル『初恋』

 まずは『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』から「あなた」「Too Proud featuring Jevon」。どちらも最新アルバム『初恋』(2018年)の楽曲だ。ステージの真ん中にポップアップで登場した宇多田ヒカルは、イントロなしで〈あなたのいない世界じゃ/どんな願いも叶わないから〉というフレーズを響かせ、一瞬にしてオーディエンスを惹きつける。ピアノ、ストリングスなどを軸にした洗練されたサウンドも高品質だが、とにかく歌に耳がいく。「Too Proud featuring Jevon」では世界的ダンサー、高瀬譜希子とのコラボレーションにより、セックスレスをモチーフにしたリリックを表現。原曲ではラッパーのJevonをフィーチャーしていたが、ライブで宇多田自身がラップを披露。日本語の意味と響きを両方とも損なうことなく、現代的なヒップホップに結びつけるセンスに舌を巻く。『Laughter in the Dark Tour』は国内12年ぶりのツアーだったのだが、歌の磁力、パフォーマンスを含め、ブランクはまったく感じさせない。

 続いては、2010年12月に横浜アリーナで行われた活動休止直前のコンサート『WILD LIFE』から。ライブのオープニングを飾った「Goodbye Happiness」は当時リリースされたばかりの楽曲。90年代のダンスポップを想起させる力強いエレクトロサウンドと〈ありのままで生きていけたらいいよね〉というフレーズからは、活動休止を決断した時期のモードが明確に伝わってくる。特に〈ダーリン、ダーリン〉というラインにおける強い感情を放つボーカルは圧巻だ。

 「大きな声でいくぞ! 東京!」という呼びかけから始まった「Stay Gold」は、自らピアノを弾き、ループ感のあるフレーズで楽曲の軸を作り上げていた。大切な男性に対する〈なんにも心配いらないわ〉という歌詞から伝わるのは、母性にも似た感情。自愛に満ちた表情と声は、普遍的な表現へと向かっていたこの時期の宇多田ヒカルを象徴していると思う。

 「ついに始まったぜ。調子はどうだ、みんな。行くぞ!」と笑顔で客席に語り掛けるシーンは、2006年の『UTADA UNITED』のさいたまスーパーアリーナ公演から。「This Is Love」はエレクトロとR&Bが刺激的に絡み合うダンスチューン。研ぎ澄まされたビートと同期し、切なさと解放感を内包したメロディを響かせる。軸になっているのはやはり、日本語をグルーブさせるセンスと技術だ。続く「Kremlin Dusk」は海外デビュー作『EXODUS』(2004年)の収録曲。深遠なイメージをもたらすシンセサウンドと讃美歌のような憂いをたたえたメロディから一転、楽曲の後半ではダイナミックなバンドサウンドが鳴り響き、圧倒的なカタルシスを生み出す。ボーカリストとしてのスケールの大きさを実感できるパフォーマンスだ。紀里谷和明の演出による、巨大なビジョンと最先端の映像も鮮烈。「2006年にここまでやっていたのか」と改めて驚かされた。

 『Utada Hikaru in Budukan 2004 ヒカルの5』(2004年)からは、「traveling」「Deep River」が選出された。まずは「覚悟はいいか! よし!」という気合い入れから始まった「traveling」。ハンドクラップを要求し、観客席近くのサブステージでコミュニケーションを取るステージングが瑞々しい。矢野顕子、ミシェル・カミロ、くるりとの共演でも知られる世界的ドラマー、クリフ・アーモンドが繰り出す強靭なビートを完璧に乗りこなし、快楽的なバイブレーションを生み出す宇多田のボーカルは、この時点できわめて高いレベルに達している。さらに「Deep River」では、命の源泉に迫るような奥深い歌を披露。遠藤周作『深い河』にインスパイアされたという歌詞は、古代から流れ、繋がれてきた命の在り方と、矛盾と葛藤のなかで生きる人々の心情を結び付け、リスナーに大きな感動で包み込む。年齢と表現の質に関係はないとわかっていても、20代になったばかりの時期に、これだけ深みのある歌を歌えていたことに驚かされる。

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