キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第13回

EMI Records 岡田武士に聞く、デジタル時代に“新しい才能”を発掘する方法「熱量の高さを大事にしたい」

誰にどういうタイミングで、どこで出会ってもらうか

ーーその熱量から発展していくあり方の具体例も伺います。EMI Recordsがいま力を入れているACE COLLECTIONはどうでしょうか。

岡田:ACE COLLECTIONはYouTubeで人気が出て、初ライブがいきなりマイナビBLITZ赤坂で売り切れてしまう、という、いまの時代を象徴する流れですね。ライブハウスで下積みをして、対バンを重ねてようやくワンマンができる……というかつての売れ方ではなく、ネットで注目を集め、ファンを増やしています。これからの時代を新しく築いていくようなバンドになるのではと期待しています。

ーー彼らの場合、どこに“熱”を感じましたか。

岡田:YouTubeのお客さんの反応もそうですし、何よりメンバーと話すと、本当にピュアで、音楽をすることが大好きなんですよ。いろんな意味で熱と、大きな可能性を感じました。

ーーメジャーデビューとともに、全国ツアーも発表されて。一つずつ段階を経て、ということではなく、熱が高いから火のまわりが早いというか、やはりこれまでのアーティストの売り出し方とは違っていますね。

岡田:そうですね。関連して僕自身が感じていることとしては、テクノロジーが発達して、皆さんが気軽に音楽を聴けるようになり、簡単に消費されてしまう一方で、音楽に触れるチャンスがものすごく増えましたよね。ストリーミングもそうですし、短尺動画もそうで。これまでだったら自分で情報を取りに行かなければいけなかったのが、YouTubeの関連動画だったり、SNSのタイムラインに流れてくるTikTokの動画だったり、音楽を知るメディア網がめちゃくちゃ多くなっていると思います。お客さんが音楽を知って好きになるスピードも絶対に速くなっているので、プロモーションの際にきちんとお客さんに届くようなデジタルの戦略も考えています。特に新しいアーティストは、“誰にどういうタイミングで、どこで出会ってもらうか”ということを、デジタル上できちんと設計することをすごく意識していますね。

 ACE COLLECTIONだったら、YouTube以外の、リアルでの展開は我々の強みですし、こういう音楽メディアを見ている方とか、音楽好きの方にもどんどん広まってほしいなと。また、もっと違うことも仕掛けていきたいとも考えていて、いまいろいろと仕込んでいるところです。

ーーリアルへの展開力というのは、メジャーレーベルの強さですね。それこそ、マスに訴えるテレビにアプローチすることができたり。

岡田:メジャーは宣伝力以外にも全国へのネットワークも持っていますからね。デジタルのストアも、実店舗も含めてお店の方たちとも綿密にコミュニケーションを取っていますし、メジャーだからできることはあるので、そこをしっかりやっていくというか。

ーーずっと真夜中でいいのに。の場合はどうでしょう?

岡田:ずっと真夜中もYouTubeで広まったという意味でACE COLLECTIONに近いですが、お客さんが見つけてくれて、好きになってくれて……という流れが本当に上手く回っていますよね。もっとも、結局は作品のクオリティの高さがファンを増やしていることも絶対にあるので、制作の部分は非常に力を入れてやっています。ネットでバズるだけではなく、音楽としても、ライブとしてもエンターテイメントとして成立しています。世界観がきちんと作られていて、自信を持ってライブを見てもらいたいと言えるアーティストです。音楽の楽しみ方は変わってもやっぱりいい楽曲、いい作品が求められるのは、いまも昔も変わらないと思いますし、まずはそこありきですね。

ーーまたレーベルのなかでいうと、Mrs. GREEN APPLEがいよいよ人気バンドになってきましたが、ある意味ではオーソドックスな音楽性を持ちながらいろんな形で展開していて、まさにいまおっしゃったような手法の集大成のように思えます。

岡田:そうですね。本当に最初からずっと一緒にやらせてもらっていますが、彼らの音楽は絶対に多くの人に届くと思いレーベル全体で取組んできました。注力したのはやはりデジタルの部分ですね。どうやったらより多くの人に聴いてもらえるか、ということをチームで非常に綿密に戦略を立ててやっています。彼らも一夜にして大きくなったわけではなく、積み重ねです。いいものは何回も何回もリピートして聴いてもらう時代なので、そういう評価をしてもらえていると感じています。

どうやって偶然に出会ってもらうか 

ーーいまは若い人だけが音楽を聴く時代ではなく、40代、50代でも新しい音楽に触れている人が増えていると思います。そういった層にアプローチしていくことも視野に入っていると思うのですが、いかがでしょうか。

岡田:簡単に音楽を聴ける環境がどんどん整ってきたなかで、年齢層関係なく届けられるチャンスだと思います。一方で、若い人と上の世代の方とでは、自分が聴きたい曲をどのようにして探すのかも大きな違いがあるかもしれません。お目当ての曲やアーティストにどう紐づけて新しい曲を聴いてもらうか、を考える必要があると思います。

ーーなるほど。それではもっと若い層、10代のリスナーについてはどんな傾向があるでしょうか。

岡田:やはり、音楽を求めて音楽と出会っていない、ということを非常に感じます。以前よりも音楽と出会うチャンスが多くなっているなかで、“出会っちゃっている”わけです。いかに「自分が見つけた」という感覚を持ってもらうか。お勧めされた音楽を聴いたというより、自分が探して見つけたという感覚を大事にしていて、プラットフォームのレコメンド機能のなかに、どうやって入っていき、偶然に出会ってもらうか、ということを考えて取り組みを進めています。

ーー確かに、自分で見つけたという感覚があると、深く入り込みやすいですね。

岡田:そうなんです。情報が次から次へと流れていってしまうなかで、そういう感覚がないと、深く好きになってもらうのは難しいだろうと。流れていくのではなく、「自分がたまたま出会っていいと思った」という感覚を持ってもらえるようにしたいですね。

ーーあらためてという話になりますが、EMIは多くの人が子供の頃から親しんでいるレーベルであり、いまのアーティストラインナップを見ても独特のロックバンドらしさや、深い音楽性という共通点を感じます。岡田さん自身は、EMIというレーベルのカラーをどんなふうに捉えていますか?

岡田:就任する前からそうなのですが、音楽に真摯に向き合っている、というイメージですね。もちろん、他のレーベルが向き合っていないということではなくて、よりそこが強いというか。僕もそこが大事にしなければいけないポイントだと考えていますし、アーティストがやりたいことをいかに実現できる環境にするか、ということを重視しています。

ーー確かに、EMIにはアーティストを大切にするという伝統がありますね。

岡田:そのイメージも強いですね。一方で、代表としてやらせてもらうからには、自分のカラーも出さなければ意味がありません。その意味で、より多様性にあふれたレーベルになってきているのかなとは思っています。

ーー新しいカラーが加わりつつあると。かつての「ヒット」や「成功」という定義自体が変わってくる面もあると思いますが、何がアーティストにとって幸せなのか、ということも含めて、岡田さんはどう考えていますか。

岡田:究極は、それぞれのアーティストの目指すところによるかなと思っています。例えば、「東京ドームでライブをやりたい」というアーティストなら、それ相応のお客さんを集められるくらいのセールスやプロモーションが必要になりますが、もちろんそうではないアーティストもいて。共通したゴールを目指すのではなく、それぞれの活動にどう寄り添っていられるか。今の時代だとストリーミングで多くの人に聴いてもらい、国民的アーティストになっていく、ということはやりたいなと、自分では思っています。

ーー世界的に見ればストリーミングが主流になり、日本の状況もこの1〜2年でかなり変わってきました。この流れはいっそう加速していくと思いますか?

岡田:そうですね。絶対的に増えていくと思っていますし、先ほども申し上げたように、普段、音楽をそこまで聴かなかった人が音楽に触れる機会が増えるので、その意味ですごくいいなと思っています。ただ、だからと言ってCDやDVDのようなパッケージがなくなるとはまったく思っていなくて、日本人特有の「所有したい」という欲求もあると思いますし、そこに応える工夫も追求していきたいなと。いまある市場を保つ、ということではなく、よりよいものをお客さんにどう提案できるか、という方向へのシフトですね。ストリーミングの成長とともにそれも進んでいけば、日本の音楽はいい形になっていくと思います。

ーーまた、ストリーミングサービスで世界中の音楽ファンに聴かれる可能性が開かれるなかで、若いアーティストのなかには海外を志向する人たちも増えていくのではと思います。そういうアーティストは、EMIのなかでも増えていく可能性がありますか?

岡田:僕自身も海外に向けて積極的にトライしたいと考えています。お隣の韓国が成功していて、他のアジアの地域も全体として可能性が高まっているので、日本にも以前と比べて大きなチャンスがある。YouTubeだってグローバルでつながっていますし、仕掛け方はいろいろとあります。あとは海外のリスナーにきちんと好きになってもらえる作品を作れるかどうかが重要ですね。

ーー前回の本コーナーに登場したMerlin野本氏も指摘するように(参考)、ストリーミング時代にはインディーレーベルの存在感が増しています。そのような中で、メジャーレーベルの役割や強みはなんだと思いますか?

岡田:一言で答えるのが難しいですが、人の力でしょうか。プロモーションやマーケティングだけではなく、組織としてアーティストへのサポート体制があると思います。先ほどの話とも重なりますが、アーティストそれぞれの活動に寄り添えるリソースがあるということだと思います。

ーー本日伺ってきた戦略の成果もあり、EMIは数字の面でも好調ですね。

岡田:代表になって2年ですが、連続で前年より大きく成長していますし、特にデジタル、ストリーミングの部分の成長が、CDやDVDに跳ね返ることも非常に多くなり、相乗効果での成長となりました。ストリーミングは出会ったときが新曲ですから、松任谷由実の楽曲も、椎名林檎の楽曲も、10年後、20年後に出会って好きになる人たちがいる。ゲーム実況動画で使用されたことがきっかけで新しいリスナーが増え、いま「丸の内サディスティック」がものすごく聴かれていますが、これもストリーミング時代ならではの出来事だし、そこから入って他の曲も聴いてファンになる、ということもあるので、本当にチャンスは広がっていると思います。

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