BAD HOPは、なぜ豪華プロデューサー陣とコラボできたのか? 両者を引き合わせたラリー・ジャクソンに迫る

 ジミー・アイオヴィンという男は、ある意味大物ミュージシャンよりも音楽業界にとって重要だ。レコード・エンジニア出身の彼は、37歳で<Interscope Records>を設立。U2、BECK、2PAC、Dr. Dre、マリリン・マンソン、Nine Inch Nails、Eminem、J Dilla、Lady GaGa……音楽史を更新したミュージシャンを同社は多数輩出している(先日急逝してしまったJuice WRLDもインタースコープ所属だった)。後にジミーはDr. Dreと共に「Beats By Dr.Dre」のヘッドホンを制作し、ビーツ・エレクトロニクス社を設立。Beats Musicというサブスクリプションサービスは振るわなかったが、会社丸ごとをアップルに買収させた後にApple Musicがスタートしたことを考えると、アップルの音楽部門はジミーがデザインしたようなものだ。

 数々のタフな交渉を乗り越え、偉業を成し遂げてきたジミー。その原動力は恐怖だと、Complexのインタビューで答えている。「インスタグラムか音楽、どちらかを選ばせたら若い子は音楽を選ばないだろう」というWired誌でのジミーの言葉は、その恐怖をよく表わしている。だからこそ音楽がより求心力を持つ文化になるには、強力なブランドを持つ、全てが詰まったプラットフォームが必要だとジミーは考えた。思えばBeatsのヘッドホンの広まり方にもその理念は強く現れている。強烈なカリスマ性と影響力を持つアーティストやスポーツ選手がBeatsのヘッドホンを使用している様子を見て、我々はBeatsのヘッドホンをクールなアイテムとして認知するがその実、ビーツ・エレクトロニクスは彼らとヘッドホンはBeatsしか使わないエンドースメント契約を結び、人々に認知を広めていったのだ。その理念が故、Apple Musicはオリジナルの楽曲やオリジナルの動画コンテンツ、ラジオ番組に注力しているのだ。かつてのMTVの覇権を思わせるマス・アピール的発想は、人によっては下品で時代遅れな手法に思えるかもしれない。しかし、音楽をポップカルチャーの中で持ち上げようとする理念は尊い。事実としてヘッドホン制作をスタートした理由も、エンジニアやアーティストが細部まで拘った音の表現を、付属品のイヤホンなどで当然のごとく粗末に扱う現状に対する苛立ちに、ドレが感化されたからだという。今年御年66歳のジミーであるが語り口は未だ前のめりであり、音楽文化を高めようとする熱い思いが根源にあることを感じる。

 BAD HOPに声をかけたラリー・ジャクソンは、そんなジミー・アイオヴィンとは<Interscope Records>からの付き合いである。武道館を乗り越えた時点で国内の最終段階が見えてきたBAD HOPを、見渡せぬ大地アメリカへと連れ出して独占配信を結ぶラリー・ジャクソンの仕事には、ジミー・アイオヴィンのDNAを感じることができる。

 『Lift Off』に意地悪なレビューを書くならば、”2019年USタイプ・ビート”にラップを乗せたような印象になってしまいかねない。しかし『BAD HOP: LIFT OFF』を観たら、そんな気持ちも消え失せてしまう。映像内では、BAD HOPのメンバーが夢のような存在であるプロデューサーたちの前でラップを披露した上に、それを録音するように言われた瞬間の緊張に満ちた喜びの表情を観てほしい。腹の底から静かに湧き出るような嬉しさが滲み出た笑顔と緊張感あるスタジオの空気感の様子までが『Lift Off』であるように思う。この記念すべきプロジェクトは間違いなく国内ラップシーンにとっての大きな刺激であり、希望だ。今もう一度問いたい。あなたは本当に、BAD HOPの『Lift Off』をチェックしただろうか。

BAD HOP - Foreign feat. YZERR & Tiji Jojo / Prod. Wheezy & Turbo (Official Video)

■斎井直史
学生時代、卒論を口実に音楽業界の色んな方々に迫った結果、OTOTOYに辿り着いてお手伝いを数ヶ月。そこで記事の書き方を教わり、卒業後も寄稿を続け、「斎井直史のパンチライン・オブ・ザ・マンス」を連載中。趣味で英語通訳と下手クソDJ。読みやすい文を目指してます。

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