声優音楽の“今”は、一体どうなってる? 元祖・林原めぐみから新人注目株・イヤホンズまで徹底解説
花澤、竹達、悠木が残したインパクト
2013年、画期的なマスターピースが産み落とされる。花澤の1stアルバム『claire』だ。オーガニックなバンドアンサンブルと流麗なストリングスを中心とした、さわやかでスタイリッシュなテンションコード多用サウンド。そこに、花澤の朴訥としたコケティッシュボイスがふわりと乗り、情念を排除したような淡々とした歌い回しで高度にメロディアスな旋律が奏でられる。花澤の持つ独特なファンシーボイスを最大限魅力的に響かせるべく、緻密に計算し尽くされた音像が歌声を包み込んでいく構造は、“声優アーティスト”シーンにおいてエポックな存在感を示した。ライブ現場でファンに求められる音像ではなく、花澤というボーカリストを生かしきるために構築された音像には、これ以上なく強い意思と説得力が含まれていた。
このアルバムを聴いた音楽畑の人たちの多くは、おそらく「なぜ今までこれをやるやつがいなかったんだ?」と地団駄を踏んだことだろう。時を同じくして、竹達は「まんまCymbalsじゃん!」という楽曲を見事な“あやち節”に染めあげる強力なボーカルで『apple symphony』と名付けられた名盤を華麗に提示してみせた。とくに、竹達本人の焼肉に対する異常な執着を歌詞に昇華した楽曲「ライスとぅミートゅー」は白眉で、音楽表現としての純度とライブ現場での機能性とを高いレベルで両立させた、ミラクルな1曲となっている。
そうした動きを横目に見ながら、今度は「声優自身がやりたい音楽をやりたいようにやる」勢も登場してくる。世の中とは、得てしてそういうものだ。竹達とpetit miladyとして2人組ユニット活動をともにする悠木碧は、時系列は若干前後するが、2012年に1stミニアルバム『プティパ』を発表。「箱庭の中の移動遊園地」というファンシーに過ぎるコンセプトを掲げて制作された本作は、全編を通じて売れ線の“う”の字も出てこない趣味全開サウンドのオンパレードだった。聴く人を極端に限定してしまう方法論でありながら、音楽表現としての純度と品質は異常なまでに高い。あまりに純度が高すぎたせいで、彼女の熱心なファンですらどう受け取っていいものか戸惑ったほどであるという。
花澤、竹達、悠木の3名が音楽シーンに与えたインパクトは大きい。これにより、かつてぼんやりと存在した「声優が歌いそうな音楽ジャンル」という概念は完全に形骸化した。さらには、この頃から声優が歌うこと自体も一般化しきった感があり、これ以降“声優アーティスト”という用語が使われる機会は激減していったのだった。ほとんどの声優が“声優アーティスト”とニアリーイコールになったため、用語として使い分ける必然性がなくなってしまったのだ。
「聴くものがない」はあり得ない
かつては役者の副業でしかなかった声優という職業。その声優の専任プロ化が進んでからは、あくまで付随する作業として生じるだけだった歌の仕事。それが今となっては、声優を志す若者たちの多くが「大きなステージで歌いたい」となんの迷いもなく発言するような時代にまでなった。
そんな現代において、ここ5年以内にデビューした新人の中から注目株を挙げるとすれば、まずイヤホンズを外すことはできないだろう。高橋李依、高野麻里佳、長久友紀からなる3人組ユニットで、“攻めた”音楽性が最大の魅力。それぞれの個性的な声質を必要以上に生かす楽曲の完成度は、音楽好きであれば一聴の価値がある。ライブパフォーマンスにも定評があり、ワンマンの会場規模は順調に拡大中だ。
同じく3人組のTrySail(麻倉もも、雨宮天、夏川椎菜)も要チェック対象だろう。ユニットとしての音楽活動もさることながら、各人のキャラクター性に寄り添ったそれぞれのソロ作品の質もやけに高い。それらすべてをまとめてひとつのプロジェクトとして捉えれば、さまざまな音楽性を多角的に違和感なく楽しむことができる。
ほかにも、鳴り物入りでデビューした大型新人の結城萌子(ex. 綿めぐみ)、『けものフレンズ』の尾崎由香、Aqoursのメンバーとしてすでに大人気の逢田梨香子や斉藤朱夏など、スター声優候補が続々と出てきている。今この瞬間にも、次々に逸材が世に放たれていこうとしているはずだ。「最近、聴くものがないんだよね」とお困りの音楽ファン諸氏に対しては、むしろ今はチェックすべき新人声優が多すぎて時間が足りないくらいだという現実を声高にお伝えしたいところだ。
■ナカニシキュウ
ライター/カメラマン/ギタリスト/作曲家。2007年よりポップカルチャーのニュースサイト「ナタリー」でデザイナー兼カメラマンとして約10年間勤務したのち、フリーランスに。座右の銘は「そのうちなんとかなるだろう」。