マーヴィン・ゲイが歴史的名盤の後に目指したサウンドとは? 柳樂光隆の『You’re The Man』分析
そして、個人的には今回の目玉は「The World is Rated X」だと思っている。曲自体は『What’s Going On』に収録されている「Inner City Blues(Make Me Wanna Holler)」とかなり近く、そのリメイクのような部分もあるが、「The World is Rated X」ではテンポも上げて大胆なファンクになっている。ただ、この曲の最大の魅力はアレンジが異常に凝っていることにある。
前半部ではアコースティックのピアノを印象的に使っているが、いわゆるピアノ的に和音を乗せたり、ソロを弾いたりする役割で使うのではなく、パートとして使っていて、短いフレーズの繰り返しの使い方があまりに刺激的で気が利いている。かと思えば、後半からは全く異なるアレンジになり、ホーンやギターが使われ、即興の比率が高まってくる。そして、ストリングスも曲が進むにつれて、アレンジが変わってくる。まるで組曲のようなアレンジなのだ。スティーヴィー・ワンダーか、リロイ・ハトソンかというような作りに驚く。
バックバンドは即興性が高く、どんどん抽象的になっていき、マーヴィン・ゲイはどんどんエモーショナルになっていき、まるでアジテーションのような雰囲気になっていく。こんな暑苦しいマーヴィン・ゲイは他にない。1968年にキング牧師が暗殺され、再び公民権運動が盛り上がっていった時代で、ソウル的にはマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダー、カーティス・メイフィールドらによりいわゆるニューソウルが台頭し、ジャズの周りで言うと70年代頭にはギル・スコット・ヘロンが現れ、ロイ・エアーズがユビキティを結成し、マイルス・デイヴィスは『Bitches Brew』をリリース。<ストラタ・イースト>や<ブラック・ジャズ>といった黒人たちによるインディペンデントレーベルが生まれ、ジャズがファンクやアフリカ音楽と接近していった時代だ。
ここでのマーヴィン・ゲイのボーカルはギル・スコット・ヘロンを彷彿とさせるようなエネルギッシュなものだ。内省的に世情を歌い上げるこの時期のマーヴィンのイメージとは別物で、音楽の世界観だけでなく、アジテーション的な態度や振る舞いも含めて、この時期の彼のアルバムにはそぐわなかったのだろう。とはいえ、当時の強面な側のブラックミュージックのようなサウンドも試してはいた、けど、選択しなかったという事実はとても面白い。ちなみに「Checking Out(Double Clutch)」もギル・スコット・ヘロンっぽいポエトリーリーディングとファンクの組み合わせでかっこいい。