大友良英インタビュー【後編】 “制約”が生み出す楽曲制作や演奏の面白さ

大友良英、“制約”が生み出す面白さ

『いだてん』は実は日本の近代化のことを描いてる

一一制約といえば、細野晴臣さんが言ってたんですけど、細野さんがロバート・プラント(レッド・ツェッペリン)みたいなボーカリストだったら、たぶんあんな音楽はやってないって(参考:細野晴臣が“音楽の謎”を語る「説明できない衝撃を受けると、やってみたいと思う」)。

大友:そのインタビュー読んだよ。すっごいよくわかる。

一一はっぴいえんどの初期、自分はボーカルにコンプレックスがあったっていう話で。

大友:びっくりした。細野さんの歌は最高だと思ってたから。確かにテクニシャンじゃないけど。

一一自分の声質とか、技術もそうですけど、それを自覚することで自分の音楽を作っていくしかない、という。

大友:ロバート・プラントの喩えが出たけど、ロバート・プラントもすごい高域の伸びる声してるじゃない。だからああいう音楽ができたんだけど。もしもロバート・プラントが低い声専門の人だったらレッド・ツェッペリンはきっと別なものになってたはずで。ロバート・プラントだって身体の制約は受けてるってことだよね。それはあらゆる楽器にも言えて。だから物凄い技術のある人って、その制約を超えようとしてるんだと思うけど、結局自分の技術が制約になるってことでもあると思う。その制約とどう向き合うかが……音楽っていうか……音楽だけじゃないか、人生の面白さかもしれないね。その(細野の)インタビュー、矢沢永吉さんの名前も出てなかった?

一一言ってました。矢沢さん、山下達郎さん、小田和正さんとか、天性のボーカリストは特別な存在なんだって。

大友:矢沢さんも山下達郎さんも曲を書くじゃない? でもあの曲は参考にならないなって思うことあるんです。もちろん二人とも素晴らしいメロディメーカーだけど、でもどんなメロディであれ達郎さんが歌ったらいいんだもん。矢沢さんが歌ったら最高だもん。あの二人が「アァ~」って歌ったらそれだけでもう格好いい。だから誰が歌ってもいい曲かどうかは、また別の話で。それは楽器も同じだと思う。

一一ご自分のプレイヤーとしての強みは何だと思ってますか。

大友:俺も細野さんと一緒で、テクニシャンじゃないことだと思うよ。あ、そんなこと言うと細野さんに怒られます。細野さんはベーシストとしてもギタリストとして、ボーカリストとしても矢沢さんとは違う意味でだけど素晴らしい独自の声がある人だけど、自分は、多分そういう意味ではノイズギター以外に、さして魅力的なものはもってないですから。
ただ、細野さんが語ったのと同じような意味で、自分にはできないことが多かったからこそ、できるようになったプロデュースワークみたいなものはあると思ってます。

一一テクニックとか、そういうところで勝負してない。

大友:したって勝てないもん。そういうとこを目指してないけど、じゃあ自分に何があるかって言ったら音色(おんしょく)だと思う。ノイズも含めて、音色の作り方とか、人よりは、ちょっと個性的だったかもしれない。ポーンって鳴ったときの音色が良くないとダメだなと思っていて、そこはすごくこだわってるけど、でも、まあ、いずれにしろ大したもんじゃないなあ。

一一速弾きに走った時期ってあるんですか。

大友:ありましたよ。18歳の頃は、一生懸命速く弾く練習をしてましたよ。でも全然才能ないみたいで……(笑)。

ーー誰でも一度はありますよね。

大友:あるある。俺ね、高柳昌行さんのところに習いに行ったんだけど、最初に行った時30人くらい新しい生徒がいて、当時、高柳さんって渡辺香津美を教えたっていうので有名だった部分があるんで、来た生徒たちの多くがこれみよがしにその場で速弾きしてるの。みんな本当に速かった。で、俺はこれは無理だなって思いましたもん。

一一速く弾ければできることは増えますよね。それによる弊害ってあるんですか。

大友:でもさ、必要のある速さってあるじゃない。別にそんな音楽求めてないのに速く弾く必要はないわけで。ギターの良さってやっぱり、和音とかジャーンって弾いたときの、あの広がりとか伴奏だから。そこが好きだったんで、俺の興味はどんどんどんどんそっちに行ったかな。

一一それも、ご自身のプレイの性格とか、制約みたいなものが自分の音楽性を決めていった好例ですね。

大友:関係あると思う。もしもたまたま速く弾けちゃったら、きっと速弾きとかに行って、違う音楽をやっていたかもしれない。それって役者さんもそうじゃん。生まれ持った顔があるじゃん。やっぱ、生まれ持ったものにどうしても左右されるから。

一一あと、ある程度歳を取ると、技の追求とか身体能力に限界が出てくる。そこで力任せじゃないものが必要になってくる。

大友:それはね、ノイズとかやってるとそうなんだけど、若い頃は力任せでガンガン行けるんだけど、ほんとに身体能力が若い頃のようにはいかなくなるから。でもこれが不思議なもので、力を抜いて同じようなことができるようになるんだよね。でもそれは若い頃力任せにやってた音とはやっぱり違う。

一一違いますか。

大友:違うと思う。自分の若い頃の録音聴いても、あぁこれ俺今できない、って思う音が出てる。じゃあその若い頃の演奏をもう一回やりたいかって言うと別にやりたくない。少しずつ変化してきてるから。

一一特に即興の場合は反射神経が大事そうですね。

大友:うん。だけどね、スピード感はむしろ若い頃より出せるようになったとも思ってる。

――それは経験を積んだからですか。

大友:なのかな。力を入れなくてもパーンと行けるとかは、今のほうがあると思う。ただ、とんがり方は無理。あそこまでとんがりたいとも思ってないし、そもそも。「何頑張ってとんがっちゃってんのこの若造」と思いながら自分の昔の音源を聴いてるもん。

一一今でもやろうと思えばできるでしょ?

大友:どうだろう? できないんじゃないかな。頑張ってやっても違う音になっちゃうと思う。やっぱり長年の技術が背景にある音になっちゃうから。若い頃って長年の技術じゃなくて、すごいパンクな感じでギャーってやってるから。それはね、童貞に戻れないのと一緒かもしれない。カマトトにはなれないねえ。

一一(笑)。でも作家っていうのは、童貞に戻れなくても童貞の気持ちを想像しながら書くとか、そういうことが必要ですよね。

大友:なんでそんな質問(笑)。俺、作家じゃないもん(笑)。でも、今すごく重要なタームが出たけど、お芝居ってあるじゃない。お芝居は童貞じゃない人も童貞のようにしなきゃいけないじゃない? 音楽をお芝居のようにやる人とそうじゃなくやる人、俺、二通りいると思ってて。お芝居のようにやる音楽家は苦手なんです。ステージに出ると人が変わって、なんか演じてるみたいな人って時々いて。楽器でも。「いやいやいや、あんた、ホントはそんなことないでしょ?」って思っちゃう、あんまりいないけど俺のまわりには。でも時々いる。

一一演じることを良しとして、作り物の世界を作り上げようと明確な意思を持ってやってる人は……。

大友:そこまでいけば、むしろ潔くて好きだけど。無意識のうちに演じられるとさ、ウソつかれちゃってるような気がして。それはね、演奏の中で出てくるほんのちょっとしたフレーズにも感じるとことがある。その人はそういうつもりじゃなくて、俺が感じちゃうだけかもしれないけど。たとえばリズムでも。歌で、ほんとは英語なんかまったく喋れないのに英語風に歌う格好悪さってあるじゃないですか。あれ苦手なんだけど、演奏でもそういうのをやる人がいて。

一一付け焼き刃はすぐバレる。

大友:バレるバレる。そういうのはすごい嫌だ。

一一だから自分に正直にやる。

大友:まんまでいいじゃんって。だから、俺が一緒にやってる人はそういう人しか選んでない。達也くん(元BLANKEY JET CITYの中村達也)とかそういうのなくてほんとにやってて潔いし気持ちいい。

一一何の制約もなく好きなことやったらノイズになるってさっきおっしゃいましたけど、逆に言ったら、その場に合わせて自分の音を変えていくことにストレスも何もないっていうことですか。

大友:ないないない。普段の会話でも自分の話だけしたいタイプじゃないもん。アコースティックをポロポロ弾くのも好きだし、騒音問題でノイズ出せないってところだったら別にアコギでやってもいいし。無理してノイズ出したいとはあんまり思わないもん。いろいろ好きだから、いろいろやっちゃう。

一一そう考えると、大友さんはアーティストでもあるけど職人でもある。

大友:うん、俺、職人って思われるほうが好き。アーティストとか言ってる人、どうかと思うもん。コンセプトとか自分でぺらぺら言ってる人の話とか、もうイライラして……でも俺、こんなペラペラ自分のこと喋ってるくせに、言えないね、人のこと(笑)。

一一そこが面白いところじゃないですか。少なくとも裏方のはずの劇伴の作家でこれだけ自作について語る人って他に見たことがないですよ(笑)。

大友:うわっ、最低、俺(笑)。……書いたりするの好きなんだよね、けっこう。でも自分が書いてることが全部を表してるわけでは全然ないと思うよ。自分で気づいてないところが魅力だったりするかもしれない。

一一『いだてん』は始まったばかりですけど、音楽だけを見てもすごく広がりがあって。そこには大友さん個人の感性や感情も、それを超えた集合意識みたいなものも全て鳴っている。今後の未来ってものに対して思いを馳せる意味でもすごく楽しみな作品です。

大友:そうなればいいなぁと思ってるけどね。あんまりいい時代だと思ってないからさ、今現在。微妙じゃない?

一一そうですね。だから、ハリボテの希望を振りかざすのは私は全然好きじゃないけど、そうじゃないものになるといいと思いますね。

大友:俺もそう思ってる。『いだてん』ってオリンピックのことを描いてるように見えて、実は日本の近代化のことを描いてるよね。現代が、僕らがどういう歴史の中で生きてきたか。僕らはどこから来たのかって話のような気がして。

ーーオリンピックという軸はあるけど、実はそのまわりにある市井の無名の人々を描くことで、その視点を通して明治以降の日本の現代史を描いていく、というような。そのやり方は大友さんが実践する集団即興のあり方と、どこか似通ってる気がします。

大友:そうそう。それがちゃんと見えるドラマになればいいと思ってる。

(取材・文=小野島大/写真=林直幸)

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大友良英インタビュー【前編】 NHK大河ドラマ『いだてん』秘話と劇伴がもたらす発見

■イベント情報
大友良英『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』
『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』リリース記念イベント

<開催日時>
3月15日(金)18時~
<場所>
渋谷店5Fイベントスペース
<出演>
大友良英
<イベント内容>
トーク&ジャケットサイン会

<対象商品>
・アーティスト名:大友良英
・発売日:3月6日(水)
・タイトル:『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』
・税込価格:¥3,240

・アーティスト名:大友良英
・発売日:3月6日(水)
・タイトル:『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』
・税込価格:¥3,240

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