折坂悠太が語る“平成”と次の時代の音楽表現「より個々にクローズアップした光のようなものになる」

折坂悠太、“平成”と次の時代の音楽表現

 折坂悠太がニューアルバム『平成』をリリースした。

 折坂は、ジャズ、フォーク、ブルース、民族音楽、歌謡曲、童謡、唱歌といった和洋の“ルーツミュージック”を独自に消化した作曲/演奏能力と、独創的な視座から編まれる作詞能力を併せ持つシンガーソングライターとして紹介され、いままさに注目を浴び始めている。

 そうしたタイミングのなかで届けられたこの『平成』は、平成元年生まれの折坂が、平成最後の年に“自身にとっての平成”を描き切った、詩情溢れる傑作である。5曲入りの前作『ざわめき』からさらに発展を遂げたバンドサウンドや、RAMZAを迎えたトラックアレンジメント(2曲)など、スリリングなアレンジも秀逸だ。

 ここで特筆しておきたいのは、アルバム全体に充満している“同時代性”だ。時にノスタルジックな匂いのする“折坂にとっての平成”は、極めて私的な肌触りの物語のようでいて、実は“平成”という時代の危うさと終焉のムードをたしかに捉えている。そこにこそ、本作の凄みがある。

 今回のインタビューでは、全11曲に込めた思いの丈を大いに語ってもらった。もちろんアルバムと共に楽しんでほしいが、仮に本文から先に読んでもらったとしても、折坂の音楽とキャラクターに興味を持ってもらえると思う。(内田正樹)

僕の中のいろんな人が、“平成”というお題で曲を作った 

ーー良いアルバムができましたね。

折坂悠太(以下、折坂):本当ですか。ありがとうございます。

ーーレコーディングはいつ頃から始めましたか?

折坂:今年の6月の後半ぐらいからバンドでのベーシック(トラック)録りを始めて、歌っては録り直したりしながら、結局は8月の初旬ぐらいまでかかりました。トラックメーカーのRAMZAさんに入っていただいた曲もあれば、ゲストミュージシャンの方たちとマンツーマンで作っていった曲もあったので、最終的にどうなるかが、自分で全く見えていなかった曲も結構ありました。

ーー最初に書き下ろした曲は?

折坂:「平成」でした。アルバムタイトルを『平成』と決めて、「平成」という曲を作って、そこに寄せていく形で他の曲を作っていきました。「旋毛からつま先」と「丑の刻ごうごう」の2曲は、ライブ活動を始めた頃から歌ってきた曲ですが、それ以外は全てアルバムのために書き下ろしました。

ーーアルバムタイトルを『平成』に決めた理由は?

折坂:最近、歌の中で“日付”を言うことにハマっていたんです。ライブの曲と曲の合間に、僕の好きなニーナ・シモンが歌うジャズのスタンダードの「I Loves You Porgy」という曲に、自分なりのメロディと歌をくっ付けて、次の曲の前口上みたいな感じで“日付”を交えて歌ったりして。で、今年3月の(東京)上野水上野外音楽堂のイベントの時、その前口上でギターも弾かずに「平成30年〜」と歌ったことがあって。その時、「平成」と口にした時の光景と感覚が、頭の中に強く刻まれて残ったんです。それで「これだ」と思い、アルバムタイトルにしようと決めました。実は「平成」という曲も、「I Loves You Porgy」のコード進行を発展させて作った曲です。

ーー折坂さんは平成元年生まれですが、そもそも“平成”という時代に対しては、どんなイメージを抱いていますか?

折坂:まず“戦後”でしょうか。かつてあれだけの戦争があって、いろんな間違いがあった。そして平成になって、新たにいろいろと大きな事件が起こった。震災、オウム真理教事件、相模原の障害者施設における殺傷事件……。そういうことが起きる度、僕らは一人一人、仮に戦争から何かを学んだのだとしたら、不幸にも起こってしまった事柄と向き合い、どう反応して動くのかと、定期的に試されていたような時代だったような気がします。

ーーその都度、試されながら、結果として平成という時代はどのような方向へ進んだと感じていますか?

折坂:いまも悪い方向に向かっている気がしています。これだけの事が起きても、良い方向に向かえなかったというのは、かなり根が深いというか。平成って、一応は平和でしたけど、じゃあそれが本物の平和だったのかと言うと、ちょっと疑問だなあと。もしかすると、次の時代の布石になることが多々起きていたんじゃないかという気もするし、そう考えると悲観的な気分にもなります。そうした気分がどれだけ今回のアルバムに入れ込まれているのかは、正直、自分でもあまりよく分かっていないんですが、少なくともアルバムを作る前より作った後のほうが、前向きな気持ちになれたような気はしていて。

ーーつまりこの新作は、平成という時代に対する不安であり、そこから見出そうとする希望で形成されたアルバムということですか?

折坂:いえ、必ずしも社会の流れ云々だけのアルバムにはしたくなかったし、そもそも曲の発想自体も、全てがそうしたものからではなかったので。例えば「みーちゃん」という曲は、僕と姉の幼少期がモチーフだし、「夜学」という曲はいま自分が思っているモヤモヤを詰め込んでいるし。要は、僕の中のいろんな人が、“平成”というお題で曲を作ったというか。どれも平成のどこかで鳴ってはいるんだけど、個人的な体験から生まれた歌もあるし、曲そのものも、曲順も、時系列ではなくランダムなイメージですね。

ーーでは、それぞれの曲について聞かせてください。まずは1曲目の「坂道」から。

折坂:僕が今後の世の中に望むものを歌っています。さっきも話したように、「お先真っ暗だな」というか「これはちょっとまずいぞ」と思うことがいっぱいあって。そんな中で、自分が何を今後に望むかを歌った曲です。〈その角を曲がれば 細く暗い道に出る〉と歌っていますが、これ以上の大きい発展を望むのはあまり身の丈に合わないというか。それが国家なのか、僕らの生活水準なのかは分からないんですが、ともかく僕らは大きな道を一旦外れなければいけなんじゃないかという気がしていて。「坂道」にはグラフの曲線みたいな意味合いも感じられると思うんですが、右肩下がりに落ちていくことはマイナスに捉えがちだけど、それを坂道に置き換えると、落ちて行くことにも気持ち良さがあるというようなカタルシスを歌っています。

ーー「坂道」のアウトロから、2曲目の「逢引」へと続いていきます。

折坂:ファンタジーというか演劇的な曲です。氷川きよしさんの「きよしのズンドコ節」ってあるじゃないですか。あれって、ちょっとアングラ演劇みたいな雰囲気もあって、僕はすごい名曲だと思っているんですが、「逢引」の歌詞を書いている時、ちょっと頭にありました。あとは闇市のイメージとか。街には思想の合わない人や様々な立場の人たちが共在していて、その全てを抱きしめるような、懐の深い歌を歌いたかったんです。

ーー歌詞にある〈ザジ〉とは、映画『地下鉄のザジ』(1960年。フランス。監督:ルイ・マル)ですか?

折坂:そうです。特にこの曲には自分でも理解しきれていない言葉がうようよといて。だから具体的な説明はちょっと難しいですね(笑)。

ーー3曲目は、アルバムの起点となったという「平成」です。疲れた時代を描写したような歌詞の最後で歌われる、〈幸、俺たちに多くあれ〉という歌詞に、願いのような想いが感じられます。

折坂:まさに自分の気持ちはそこに強く表れています。

ーー4曲目の「揺れる」は地震を想起させます。

折坂:『平成』というタイトルのアルバムを出すならば、そこを抜きにしては作れないという思いはありました。この曲とは別に、3.11の震災が起きた時に書いた曲があったんです。でも、なぜかそのデータを失くしてしまって。たしか21か22歳だった自分は、あの時に何を思ったのか、そして失くした曲はどんな曲だったか、それを思い出しながら書きました。

ーー5曲目の「旋毛からつま先」は戯曲的な曲ですが、〈すんかす〉や〈ひゅーどろ〉といったユニークな言葉を使っていますね。実在するのかと辞書で調べてしまいました。

折坂:すみません(笑)。僕が最初に作った『あけぼの』というアルバムの中に、横尾忠則さんの絵画みたいなイメージで書いた「きゅびずむ」という曲があるんですが、ちょっとそれに近い感覚で書いた曲です。既存の芸術様式を下敷きに、そこへ自分の本音を入れ込むようなことをよくやっていて。「逢引」もそれに近いかもしれません。

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